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今月のハム

JA5SUD 森田耕司さん

去る6月にJARL副会長に就任し、アマチュア無線の発展に尽力するJA5SUD森田耕司さん。森田さんとアマチュア無線の出会いは、小学2年生の頃によく遊びに行っていた従兄弟の家で、高校生の従兄弟がアマチュア無線を運用していたのを見た時だが、それがアマチュア無線と知ったのは、中学生になってからのことだった。

中学3年生の頃に友人と一緒にゲルマニウムラジオを作り、それがうまく動作したことで電子工作に興味を持った。それ以来、当時のエレクトロニクス工作雑誌「初歩のラジオ」や「ラジオの製作」が愛読書となった。それらの雑誌にはアマチュア無線に関連する記事も掲載されており、それらを読むうちにどんどん興味がわいてきたという。

森田さんは、雑誌に掲載されていたアマチュア無線技士の資格取得のための通信教育を受講し、国家試験受験に向けて勉強を始めた。高校生になると父親の転居に伴い生まれ故郷の高松市から徳島市に転居した関係で、四国電波監理局(現在の四国総合通信局)が国家試験を実施している松山市よりも、徳島からだとわりと交通の便が良い大阪市で電話級アマチュア無線技士の国家試験を受験することになる。

森田さんは無事に国家試験に合格し、電話級アマチュア無線技士となったが、まだ高校生であり、無線機が無いためすぐには開局できなかった。そこでアルバイトで貯めたお金で、まずは短波受信機である中古のFR-50Bを購入。ワイヤーアンテナを張ってSWLを始めた。同時にJARLにも准員として入会し、JA5-2522という准員ナンバーをもらった。これがJARLとの関わりの最初で以来47年間、会員を継続している。

高校3年生になり水晶式の144MHz FMトランシーバーを購入できた。この機械で開局申請を行いJA5SUDの局免が到着したが、すぐに大学進学のために東京に転居したため、実質的な開局は1エリアとなりJA5SUD/1で運用した。開局以来、森田さんは144MHz FMでアクティブに運用したが、1エリアでは144MHz FM帯の運用局が多く、実装されていた水晶で出られる周波数では空いているところが少なかった。そのため、森田さんは外付けのVFOを入手して水晶式の無線機に接続し、FM帯にはフルに出られるようになった。

FMでの運用を続けるうちに、オンエアで知り合った地元の高松市出身でポータブルワンでオンエアしていた先輩局から、SSBモードに出ることを勧められた。そこで森田さんはSSBに出られる無線機を入手してオンエアを始めると、FMに比べて格段に飛ぶため、たちまちSSBに熱中するようになる。最終的には大学4年生の時、大家さんの許可を得て下宿の屋根に9エレ八木の2列2段をあげるまでアンテナをグレードアップしたが、この八木アンテナが台風で倒壊し、ルーフタワーの足が屋根を突き破り天井が抜けて雨漏りするという事故が起こってしまった。

実は森田さんは、これまでに4回ものタワー倒壊の被害に遭っている。1回目は上記東京での学生時代。2回目は宇和島市への転勤時代に社宅に建てていたルーフタワーが台風で倒壊。このときは幸いにも入っていた保険でカバーできたと話す。3回目は自宅に建てていたルーフタワーの倒壊。4回目は冬の季節風による自宅の32mHのクランクアップタワーの倒壊である。

このクランクアップタワーが倒壊した日は、コンディションが良かったため、朝の出勤前の運用を楽しんだ後、勤務を終えて自宅に帰る途中で立ち寄って、また夜にも運用する予定で24mHくらいまで少しだけクランクダウンさせてから職場に向かったが、昼頃、父親から電話があり、「突風でタワーが倒れたのですぐに帰ってこい」と連絡を受けた。青い顔をして帰宅すると、クランクアップタワーが下から2段目から折れ、敷地の隣にある川に突き刺さったアンテナを見下ろすように、近所の住人が集まっているのが見えた。
さらにタワーが堤防上の公道を塞ぐ形になってしまっており、警察からは速やかに撤去するように言われ、ご近所から通信所らしき鉄塔が倒れたと通報があったということで新聞社が取材に来るわで大騒ぎになってしまったという。一番驚いたのは、新聞社よりも早くくず鉄屋がやってきて、「倒壊したタワーを無料で撤去しますよ。その代わりにタワーとアンテナの部材を引き取らせてください」、と申し出てきたことだったと話す。

話を戻し、東京での大学生活を終えた森田さんは高松にUターン就職をした。実家に帰るとすぐに20mHのタワーを建て、144MHzの9✕4✕2エレ八木を設置して、引き続き144MHz SSBの運用を楽しんだが、HF帯も運用したくなってルーフタワーに21MHzの4エレHB9CVをあげて運用を始めた。ある日、いつもの様に国内QSOを楽しんでいたところ、オーストラリアの局から呼ばれて応答したのが1st DX QSOとなった。意外に簡単に海外と交信できることが解り、それをきっかけに144MHzの大型アンテナを下ろし、それ以来HF帯の運用がメインとなった。144MHzのアンテナを下ろした20mHのタワーには3.5/3.8MHz ロータリーダイポールと7MHz 2エレ、28MHz 6エレをあげて、別に建てたタワーには14MHz 6エレ、21MHz 5エレを上げ、HF 5バンドのアンテナがそろった。歴史あるEDXG(愛媛DXグループ)に入会したのもこの頃だった。

森田さんはこれまで電電公社・NTT勤務時代の16年間で主に四国内で8回の転勤を経験しているが、転勤先でもアンテナを設置して運用した。高知県の須崎では社宅にトライバンダーとWARCバンド用ロータリーダイポール、愛媛県の宇和島でも社宅にトライバンダーを建ててオンエアした。ただし、場所によっては設置するアンテナに制約を受けることもあり、その場合は運用を十分に楽しめないため、早い時期からリモート運用を考えるようになった。そして、インターネットを経由したリモート運用が許可されるようになるとさっそく準備を始め、専用のリモート用ソフトが公開されていたTS-2000を使って設備を構築し、変更申請も行って運用を始めた。

これにより、高松市の実家にあるシャックからリモートで電波を発射できるようになり、転勤先の社宅からでも、DXハンティングが楽しめるようになった。当初はアンテナの回転などには対応していなかったが、その後徐々にグレードアップをすすめ、現在では、アンテナの回転にも対応し、周辺機器の電源管理や、システムの動作チェックもWEBカメラで行っている。リグには主にIC-756PRO2を使用し、FT8を主体にリモート運用を楽しんでいる。なお、現用のメインアンテナはエレメント伸縮タイプのため、周波数に連動して同調するようになっている。


27mHクランクアップタワーにはエレメント伸縮タイプのKA1-406が乗る。

森田さんは転勤族であったことから、好きな時間にいつでもシャックから運用できるというわけにはいかず、DXCCはどこかのバンド/モードで1つできればよいという考えで追いかけ、オールバンドでは現存全エンティティとのQSOを達成できた。次の目標として、5B DXCCの完成をあげる。7~28MHzはQSLカードもそろっており、残りは3.5MHzだけだが、早起きが苦手でこれまでローバンドにはあまり力を入れていなかった。しかし、なんとか今冬での完成を目指している。そして「ゆくゆくはDXCCチャレンジ3000を達成したいです」、と抱負を話す。

森田さんはアマチュア無線をやってきて良かったこととして、人とのつながりをあげる。「アマチュア無線なら職業や身分に関係なく誰とでもフランクに話せることで、人脈が増えました。私は転勤族でしたが、アマチュア無線のおかけで行く先々ですぐに友人ができ、地域のミーティングなどにも参加して、楽しい思い出もたくさんできました。この素晴らしい趣味であるアマチュア無線をこれからもずっと楽しみたい。そのために少しでもお役にたてればという思いで微力ながら頑張っています」、と話す。


森田さんは、不幸にも過去にタワーからの落下事故も経験したが、今なおアマチュア無線に注ぐ情熱は熱い。

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