Mr. Smithとインピーダンスマッチングの話
第36話までの解説でアンテナの放射抵抗のイメージは掴んでいただけましたでしょうか。ざくっと纏めると、私たちの棲む空間は約377Ωの特性インピーダンスを有しており、交流電流を流して交番磁界を発生させると、377倍の交番電界が発生します。電界と磁界の積(外積)が空間に輻射された波動エネルギー(電力)なので、この電力を「1」とおいて、交流電流の大きさを逆算すると、その交流電流を流す為に必要な交流電圧を示す比例定数がアンテナの放射抵抗と言うことになります。従って送信機とアンテナ(正確には給電線)とのインピーダンス整合は、アンテナの放射抵抗を送信機の出力インピーダンス(正確には給電線の特性インピーダンス)の複素共役に変換する操作となる筈なのですが、実は送信機から見たアンテナのインピーダンスとアンテナの放射抵抗の間には、あと1クッション仕組みが存在します。第37話ではそのあたりを解説します。
第36話の4章で解説したとおり、一般的なアンテナのエレメントは、波長に対して無視できない長さを有するため、エレメント上の電流は一様にはなりません。これを電流分布と呼びます。ダイポールアンテナのような線状アンテナの場合、エレメントが共振していれば、その電流分布はコサイン関数になります。これまで解説してきた放射抵抗Rr は、この電流分布の最大値で計算した抵抗値です。つまり電流分布の最大位置で観測される抵抗値と言うことになります。→図1
半波長ダイポールの場合は、給電点が電流分布の最大点と一致するため、給電端子から見たアンテナの給電抵抗Rf とアンテナの放射抵抗Rr は同じ値となります。
図2はエレメントが共振している様子をもう少し詳しく示したものです。アンテナエレメントの両端は何も接続されていないので、エレメント上の電流は必ず両端で0[A]となります。従ってこのエレメントに流れる交流電流は、常に両端がゼロで中央が最大振幅になろうとします。従ってエレメント長L=λ/2となる周波数の電源を接続した時が最も収まりが良く、中央の電流振幅は最も大きくなります。これが共振状態です。エレメントが共振している状況下では、図2に示すようにエレメントのどこから給電しても電流分布が同じになります※1。電力値はエレメント上の何処から切り出しても同じ値になるので、電流が小さいところから給電するには、より電圧が必要になることになり、電源から見たインピーダンス(=給電抵抗Rf )は上昇することになります。つまりエレメントが共振していることで、エレメントがインピーダンス変換器の役割を果たしているといえます。この原理を積極的に利用しているのがデルタマッチとかTマッチと呼ばれる給電方式のλ/2系アンテナです。
このように世間で実用されているアンテナは、必ずしも放射抵抗Rr と給電抵抗Rf が一致していません。放射抵抗Rr をより大きな値に変換する方法には、ここまでで解説した「①給電位置を電流最大位置からずらす方法」以外に、「②エレメント長を長くする方法」、「③折り返してエレメント電流をN倍に見せる方法」等があります。以下②③について解説します。
※1: 電流分布が変化しないのは図2に示すように、エレメントの中央から等距離にある2点から給電したときの話です。図3に示すような接続を行うと共振条件が崩れるため、本解説のようにはなりません。
図3 非対称ダイポールアンテナ(電流分布が維持されない給電位置の例)
図4はダイポールのエレメントを延長して(周波数を高くしたと考えても良い)、3λ/4とした場合を示しています。エレメント長を半波長より長くすると、給電点の電流振幅If は最大振幅Im より小さくなり、電流最大点は複数発生します。このエレメントは共振状態ではありませんが、共振しているエレメントと同様、給電電力と放射電力は等しいと考える事が可能で、放射抵抗Rr と給電抵抗Rf の関係が(式2-1)に示す通りとなります。
(式2-1)
従って給電抵抗Rf は(式2-2)に示す通りとなります。
(式2-2)
エレメント上の電流分布も1章で述べた通りコサイン関数となり、電流最大点から給電点までの距離を𝑥と置くと、
(式2-3)
(式2-4)
となります。
(式2-4)が示すように給電抵抗Rf は周期関数となり、𝑥=0のときRf = Rr 、𝑥=λ/4のときRf = ∞になります。従ってアンテナエレメントの長さを半波長から少し長くすることで、給電インピーダンスを所望の値に変化させる事が可能です。但し、実際のアンテナエレメントは有限の太さを有するため抵抗値が∞まで上昇する事はありません。この方法は、エレメント長が変化するのでアンテナ利得(指向性)に変化が生じます。従ってエレメントの延長に伴う指向性の変化が問題にならない場合に適用され、主にモノポールアンテナの給電インピーダンス調整に適用されています。
図5はフォールデッド(折り返し)ダイポールと呼ばれるアンテナで、地上波TV放送の受信用八木アンテナの放射器として良く見かけるアンテナです。図の右端に丸い吹き出しで示したように、両端を電源に接続した、長さ1λのエレメントを文字通りλ/2に折りたたんで、給電点が中央にくるようにしたものです。このように折りたたむと、全体は半波長ダイポールと同じ電流分布に見える・・・ すなわち半波長ダイポールとして動作します。従って放射抵抗Rr はダイポールと同じで約73Ωとなります。一方で給電電流If とエレメント電流I の関係を見ると、中央部の長さλ/2の領域と、両端のλ/4の領域の電流の方向が揃うので、周りから観測するとエレメント電流I は給電電流If の2倍に見えます。
輻射される全電力P と放射抵抗Rr 、ならびに給電抵抗Rf の関係は、放射電力と給電電力が等しくなる事から(式4-1)の通りとなります。
(式4-1)
エレメント電流I と給電電流If の関係は、
(式4-2)
なので、放射抵抗Rr と給電抵抗Rf の関係は(式4-3)に示す通りとなります。
(式4-3)
放射抵抗Rr は半波長ダイポールと等しくなる(約73Ω)事から、値を代入すると
(式4-4)
となり、約300Ωになることが判ります。
従来、地上波TV放送の受信アンテナの給電線として300Ωのフィーダ線が多用されていたのは、フォールデッドダイポールを放射器とした八木-宇田アンテナを標準的に使用していたからです。
以上解説したように、アンテナの放射抵抗Rr と給電抵抗Rf は必ずしも一致しません。一般的な表現で整理すると、アンテナの給電端子におけるインピーダンス(抵抗成分)Rf は、エレメントのどこから給電するかによって変化し、その最小値(最大電流のポイント)がRr となります。実際のアンテナの給電インピーダンスは第34話で解説した通り、アンテナをスタブ素子として見た時のリアクタンス成分が加わります(言い換えると、エレメント上の電圧と電流の位相が完全に同相/逆相の関係にならない)ので複素数の値となります。以下、アンテナのインピーダンスについて第32話から第37話までの内容をまとめます。
(1) アンテナのインピーダンスは、エレメントが共振素子として振る舞う結果、観測されるリアクタンスに電波の放射を表す抵抗(=放射抵抗)が直列に接続された形で表現される。
(2) 放射抵抗Ra の大きさは、電磁波の放射に寄与する電流経路の長さと空間の固有インピーダンスηの値で決定され、電流経路の長さが短くなると小さな値になる。
(3) 空間の固有インピーダンスηとは、その空間を伝播できる電磁波の電界と磁界の振幅比であり、真空中(空気中もほぼ同じ)においては約120π[Ω]となる。
(4) 通常アンテナエレメントは波長に対して無視できない大きさを有するので、流れる電流の瞬時値はエレメント上の位置によって変化する。この事象はエレメントに定在波が発生することによっても発生し、その場合は実効値もエレメント上の位置によって変化する。エレメントの物理座標(位置)と電流値の関係を電流分布と呼ぶ。
(5) 放射抵抗Ra で消費される電力とアンテナに給電される電力は等しくなるので、給電点の抵抗値Rf は、給電点が電流分布上の最大振幅Im の点に位置する場合はRa と等しくなり、それ以外の場所ではRa より大きくなる。
以上がインピーダンスマッチングの観点で整理したアンテナの一般論になります。
アンテナの給電回路の設計においては、アンテナの構造から放射抵抗Rr が決まり、給電点を工夫することで給電インピーダンスRf をある程度調整(変換)したうえで、最後は整合回路を挿入して給電線の特性インピーダンスと整合させるという手法を採ります。アンテナを理解するためには、本連載で説明した以外に、指向性(利得)、有効面積の概念も学ぶ必要がありますが、本連載はインピーダンスを主眼としているので、これらについては割愛させて頂きます。
アンテナと給電線路のインピーダンスマッチングを行う上で、もう一つ理解しておく必要があるのが「平衡/不平衡」という概念です。次回からは「平衡/不平衡」とバラン、ならびにアンテナのインピーダンスと固定抵抗との違いなどについて解説します。
【参考文献】
(1) アンテナ入門 F.R.Conner 原著 安藤真 訳 森北出版 1990年
(2) ANTENNAS Second Edition J.D.KRAUS McGRAW-HILL 1988年
Mr. Smithとインピーダンスマッチングの話 バックナンバー
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