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海外運用の先駆者達 ~20世紀に海外でアマチュア無線を運用した日本人達~

その104 今回の記事は1996年の北米・ヨーロッパ・アフリカです 1996年(2) 「あの人は今(第29回)」JA7AUM石戸谷正晴氏

JA3AER 荒川泰蔵

今回の記事は1996年の北米・ヨーロッパ・アフリカです

今回は1996年の第2回目で、北米・ヨーロッパ・アフリカです。この年は海外運用のレポート/アンケートが少なく今回の2回目で終わります。サンスポットがボトムに近づくサイクルと関係があるのかも知れませんが、この記事の情報の基になっているCQ誌の「日本人による海外運用」の記事が終盤を迎え、積極的なアンケートの募集をやめたからだったかも知れません。尚、今月の「あの人は今 (第29回)」は、JA7AUM石戸谷正晴氏の紹介です。

1996年 (米国 W2YT, W6/JA7YMY)

JA7AUM石戸谷正晴氏は、1984年1月に赴任した米国でノビス級のKA2ZJGの免許を得て無線生活をスタートし、1986年にゼネラル級とアドバンスド級にアップグレードしてKD2UGに、翌1987年にはエクストラ級に合格、NV2Gのコールサインで活躍されたが、バニティコールサイン制度が出来た1996年にW2YTを取得、1998年にインドへの転勤で米国を離れるまでこのコールサインで運用したと、当時を思い出してレポートしてくれた(写真1及び2)。「1996年11月4日Vanity CallsignのW2YTを取得、1987年以来使用してきたNV2Gからコールサインを変更する。W2YTでの最初のQRVは11月13日からでその当時使用していたリグはIC-781とリニアは77DXであった。77DXは1994年KP2BDから購入、現在も現役である。アンテナはモズレーの3エレトライバンダーと7メガ用ダイポールであった。タワーはNV2N(JA1FNO)の須之内さんから譲り受けたルーフタワーでそれが結構高かったのでアンテナは2階建ての家の屋根よりちょっと高くすることが出来た。7メガや14メガでカリブ海の局や南米の局とのCW QSOが多かったが11月14日にはCQを出していたら、5N3/SP5XARが呼んできて長いCW QSOなども出来た。11月には又CQWW CWやJapan Int'l、All Asiaなどに参加、JAの局とたくさんQSOをした。QTHがNJだったのでヨーロッパ、中南米、アフリカは割と楽にQSO出来たけれど東南アジアは特にダイポールアンテナの7メガは大変厳しかった。ある日7メガをワッチしていると大きなパイルが出来ていたので良く聞いてみるとベトナムの局だった。何回も呼んでいるうちにコールバックがありファースト3Wとなった。あの当時は私にとって7メガでの東南アジアは大変難しく、その日は気持ちがウキウキしたものである。毎週の21メガや7メガでのJANETのグループQSOも出来るだけ参加した。21メガではJAとのQSOが難しいときがあるが、日曜の朝の7メガのJANETは大変楽しかった。主にNJ, NYやカナダの局が主だったが、時にはカルフォルニアの局等も加わり日曜の朝を過ごした。又殆ど毎週のようにJA7TI、くりこま高原のユサさんとは1時間と長いQSOした。殆どはJA7TIとN2ATFのQSOだったがそれに割って入ったと言う事である。それからJA7SSBさんとも良く14メガでQSOし、日本の事などを話してくれた。1997年も後半になったころ会社からインドへの転勤を命ぜられ、12月インドのビザも取得でき転勤準備を始め、1998年2月22日NJでの最後の7メガJANETに参加した。その時のチェックイン局はN2ATF, VE3PXD, VE3TKWと私W2YTの4局だった。尚、1997年12月までのW2YTで申請したDXCCクレジットは285エンティティであった。(2020年5月記)」


写真1. (左)W2YT石戸谷正晴氏の免許状。(右)W2YT石戸谷正晴氏のアンテナ。


写真2. (左)W2YT石戸谷正晴氏のシャック。(右)W2YT石戸谷正晴氏のQSLカード。

JF7NSI平山豊氏は、全国工業高校教諭海外研修で米国及び欧州を視察された機会に、勤務先の青森県立五所川原工業高校のアマチュ無線クラブJA7YMYの免許を基に、FCCの相互運用協定による免許を得てW6/JA7YMYを運用したと、CQ ham radio編集部経由でアンケートを寄せてくれた(写真3及び4)。「(一部抜粋) - 前略 - 再び海外研修のチャンスが得られたので、今度こそは是非交信を成功させたいと考え、生徒達にも宣言した。そのために前回の問題点を解決すべく、かなり手を尽くしたがよく分からない。海外研修の2ヶ月前位になって、地元のハムショップからJARDの奥原様を紹介され、そこから野村四郎(JA1CB)さんを紹介されて、漸く一気に先が開けて来たのである。野村さんからご紹介頂いたロサンゼルスの萩原(N6JGJ)さんにはいろいろお世話になりました。ご自分のシャックがロスから遠いのでと、オレンジカウンティの久保田(KZ9D)さんのホームに連れて行って下さり、HFを運用させて下さいました。実のところ私は“海外交信をする”と大げさに騒いでいる割にHF運用はド素人、英語もラバースタンプQSOすらきちんと身についていない。それでも心臓を強くして、皆様の環境設定のもと、遂に2局交信成立したのである。旅立ち早々ついている。25日間頑張るぞ! しかしメインの研修を持ち、毎日ホテルで荷物の整理をしながらの移動である。QSOにさける時間も少ない。それでも、衛星通信までやる本田先生(JA7EWW)が研修の相棒であったので、先生はさすが無線機を身から離さない。列車やちょっとした暇があればスイッチを入れている。先生から環境設定が聞けるものですから私もつられてワッチを続け、QSOのチャンスをうかがった。それにもかかわらず、私は1局もとれませんでした。


写真3. (左)JF7NSI平山豊氏のJA7YMYでのFCC免許状。(右)JA7YMYのQSLカード。

ロス、ニューポートビーチ、サンディゴで4日間過ごし、次はヨーロッパである。次にライセンスを取得しているのはフランスとドイツである。アムステルダムに宿泊した際、ヤエス無線の大保(PA3FHA)さんと、シャープの荒川(GW0RTA)さんがホテルを尋ねて下さりEye Ball Meeting。各国の無線に対する規制の違いが話題になり、日本の規制が非常にきびしいことを聞いてびっくりしました。残念にも思いました。ドイツで使えるヤエス無線のハンディ機は、私達のために名黒(DL6FDB)さんから貸して頂きました。5日間のドイツの移動中に本田先生は慣れたものですぐに交信をする。私は“待機しています”とやっても応じてくれる方はおりませんでした。ヨーロッパではトライしただけで終わりました。 - 後略 - 。(1996年10月記)」


写真4. アムステルダムにて左から、PA3FHA大保博氏の2ndタツヤ君、GW0RTA筆者、PA3FHA大保博氏、JF7NSI平山豊氏、JA7EWW本田毅氏。

1996年 (イタリア IZ2AHI)

JG1TCG藤栄一氏はイタリアで資格試験を受けて従事者免許を得、無線局の申請で局免許を得て運用した経験をアンケートで知らせてくれた(写真5及び6)。「イタリアのPT本省とARI(アマチュア無線連盟)の好意による特別な資格試験にパスし、従免を手にすることができました。しかし、日本と同じでイタリアでもこれだけではまだ自分のコールサインで電波が出せません。局免が必要です。早速局免の申請をしました。当局はLicenza Ordinariaですが、この中がさらに1stから3rdにクラス分けされており、最大許容出力が異なります。とはいっても申請料の僅かな違いで1stから75W, 150W, 300Wの順になっていますので、迷わず3rdクラスにしたのはいうまでもありません。おそらくHFに出ているイタリアの局は、ほとんどが3rdクラスで300Wの許可を受けているといってよいでしょう。待つこと約3ヶ月、1996年5月末にようやく仮免許が送られてきました。これで本免許が来るまでの間、仮の運用ができるのです。コールサインは既にこの時点で指定されています。待望のコールサインは、ロムパルディア(2エリア)で最近下りたばかりの新プリフィックスIZ2AHIでした。久々の感激です。イタリアでは Licenza Ordinariaは、I→IK→IZという順に、またLicenza SpesialeはIWというプリフィックスが割り当てられています。そしてついに、1996年9月下旬、イタリアのハムの仲間入りを決意してようやく1年後にして本免許を受領し、本開局にこぎつけました。日本より赴任時に持参したアンテナなどを含め、HFは6バンドバーチカル、6mは2エレHB9CV、2mは8エレ八木、それにV/UHFは、ディスコーンなどをアパートの屋上に設置(地上高25mH)し、TS-690S, IC-706及びIC-720で、HFからV/UHFまでを運用しました。(1997年3月記)」


写真5. IZ2AHI藤栄一氏のQSLカード2種。


写真6. (左)IZ2AHI藤栄一氏の従事者免許証と、(右)局免許状。

1996年 (ドイツ DH/JP1HIS, DA0YL, DL/7K1OUO, DL/7M1HDU)

JP1HIS奈良圭之輔氏は、滞在先のドイツからDH/JP1HISの短期免許を得て運用していると、その免許取得の方法を、アンケートで寄せてくれた(写真7)。「日本人が申請出来るドイツのアマチュア無線免許には2つのタイプがあります。1)3ヶ月の短期免許:希望する運用開始日の6週間前までにDARCに申請します。必要な物は、申請書、日本の無線局免許状のコピー、無線従事者免許証のコピー、申請料15DMです。運用許可は3ヶ月限定で、運用を希望する月の初め1日からになります。コールサインは、日本の資格別に1アマ及び2アマはDL/日本のコール、3アマはDH/日本のコール、4アマはDC/日本のコールになります。2)1年以上の長期免許:基本的にドイツの滞在許可証を1年以上有効なものを所持している事が条件です。この長期免許の場合はDL?xxxというドイツ人と同じコールサインが頂けます。手続きに必要な書類は開局申請書(JARLのFAXサービスにて取得可能)、VISAのコピー2通、無犯罪証明書1通(日本の警察から証明書をとり、現地の市庁舎または警察本部に申請すれば、ベルリンの法務局から送られてくる)、日本の局免と従免のコピー2通にその英訳または独訳のコピー2通です。申請先は地元のBAPT(Bundesamt tuer Post und Telekommunikation)です。(1997年5月記)」


写真7. DH/JP1HIS奈良圭之輔氏の短期免許状。

7K1OUO佐藤いづみさん7M1HDU大泉早智子さんは、Berlin YL World '96と、Ham Radioに参加したとアンケートを寄せてくれた(写真8~10)。「日本の従免と局免をDF2CWさんに送り、ドイツの短期免許を取得して頂きました。ベルリンではBerlin YL World '96のクラブ局DA0YLを14MHzで運用、ベルリンからHam Radioの開かれた、フリードリッヒスハーヘンへの移動中に、それぞれDL/7K1OUO, DL/7M1HDUで144MHz, 430MHzを運用、多くの局とQSOさせて頂きました。(1996年7月記)」


写真8. (左)DA0YLを運用する佐藤いずみさんと、(中央)そのQSLカード。(右)DL/7K1OUO佐藤いづみさんの短期免許状。


写真9. (左)DA0YLを運用する大泉早智子さんと、(中央)そのQSLカード。(右)DL/7M1HDU大泉早智子さんの短期免許状。


写真10. (左)DJ1TEクリスタさんのシャックにて、左からDL/7M1HDU大泉早智子さんとDL/7K1OUO佐藤いづみさん。(中央)DL/7M1HDUの大泉早智子さんのQSLカード。(右)DL/7K1OUO佐藤いづみさんのQSLカード。

1996年 (オランダ PA/GW0RTA/P)

JA3AER筆者は、英国駐在中の夏休みに、オランダ旅行をした記録を残していた(写真11及び12)。「1996年8月1日から4日間、XYLと隣の国オランダのアムステルダムに出かけました。その8月3日には、PA3FHA大保博氏に車でハーグ市内にある通信博物館と美術館を案内して頂くなど、大変お世話になりました。そして大保氏のシャックから、PA/GW0RTA/Pで14MHzと7MHzのSSBで運用させて頂きました。日本時間では01:00を過ぎていましたが、14MHzで3局のJAとQSOができ、合計13局とQSOさせて頂きました。


写真11. PA/GW0RTA/Pを運用する筆者と、(右)そのQSLカード。

またその日の夜は大保博氏のご家族と一緒に夕食のあと、たまたま日本から海外研修でアムステルダムを訪問中の福島県立会津工業高校の先生JA7EWW本田毅氏と、青森県五所川原工業高校の先生JF7NSI平山豊氏を投宿されたホテルに訪ね、オランダのビールを飲みながら、深夜まで情報交換をさせて頂きました。(1996年8月記)」


写真12. (左)シャックにてPA3FHA大保博氏。(右)左からGW0RTA筆者、PA3FHA大保博氏、JF7NSI平山豊氏、JA7EWW本田毅氏。

1996年 (リヒテンシュタイン HB0/HB9LEY)

JA1LZR岩倉襄氏は、ルクセンブルグでのHB0/HB9LEYの運用を、アンケートでレポートしてくれた(写真13及び14)。「FCCのエクストラライセンスと、スイスのB許可書(労働許可書)により、スイスのA級ライセンスを取得。1996年1月から1998年3月迄に20回以上、延べ60日以上にわたりSAROJA HOTELよりオールバンドSSB, CW, RTTYを運用。特に冬場のローバンドを重点的にサービスした。160メーターのJAはファーストエバー、又、3.5/3.8では多くのJAにニューワンをサービス出来、WARCバンドを含む160~10メーターで、約15,000QSO出来た。リヒテンシュタインはスイスとオーストリアにはさまれた山地で、しかも狭いので、JA方面に開いているロケーションを探すのに苦労したが、幸いリヒテンシュタインに近いHB9BFNの協力で、SAROJA HOTELを探すことが出来た。そしてSAROJA HOTELの好意により、アンテナを自由に建てさせて貰う事が出来た。海抜が1,000m近くのため、冬場の厳寒の季節はアンテナの上げ下ろしには苦労した。(1998年3月記)」


写真13. HB0/HB9LEY岩倉襄氏のQSLカード表と裏。


写真14. (左)SAROJA HOTELの前で、HB9LEY岩倉襄氏。(右)厳寒期のホテル周辺の風景。中央にアンテナが見える。

1996年 (セーシェル S79SF)

JH6RTO福島誠治氏はセーシェルのS79SFの免許を得て、マヘ島からQRVしたとアンケートを寄せてくれた(写真15)。「ライセンス:事前にSeychelles Licensing Authorityに申請しておけば、現地で出頭し500セーシェルルピー(約11,000円)を支払い、3ヶ月間の短期許可がもらえます。運用:Condxがボトムで、JAとはそれなりに距離があり、ベアフット+GPでは、JAとは大変です。ホテルのシャックでは主にEUとQSOしました。滞在中の昼間に限ってS79KMB, Keithのシャックをお借りすることができ、ここで楽にJAをピックアップすることができました。JAのみで900局程度です。ゴールデンウィークに、S79からリニア/ビームの環境でしたから、パイルは最後まで途切れませんでした。TI9, ZL8の日程が近かったので、皆さん待機していたのかも知れません。文句なく楽しかったです。ビーチも世界一。ただし、水中はパッとしません。(1996年8月記)」


写真15. S79SF福島誠治氏のQSLカードの表と裏。

「あの人は今 (第29回)」JA7AUM石戸谷正晴氏

今月号の米国の欄で紹介させて頂いたJA7AUM石戸谷正晴氏は、現在青森県にお住まいでJANETクラブのネットにもチェックインしておられます。その石戸谷氏から、その後の経過を含めて、現在のご様子をレポート頂きましたので紹介させて頂きます(写真16及び17)。「その後1998年には、米国からインドへ転勤したが、1年後会社の都合で帰国した。日本では心臓の手術をしたり、通訳ガイドの国家試験を受けたり、英語塾を始めたりしたが、2000年に米国の友人から仕事を手伝ってほしいと頼まれ再度米国へ行った。以前と同じ中南米、カリブ海諸島向けの販売を担当し、マイアミで、2回目の米国生活を開始した。中南米のビジネスマンはビジネスでもプライベートでもマイアミに来る場合が多いためである。マイアミではアパート住まいだったので、簡単なアンテナとFT-1000Dだった。楽しみはフロリダのハムフェストへ行くことだった。アパートから車で20分位の場所で行われフロリダでは一番大きなハムフェストだ。またディズニーワールドで有名なオーランドでもハムフェストがあった。オーランドではハムフェストの他にディズニーワールドやユニバーサルスタジオへ行くことが出来るので家族連れで来る人が多い。これら2つのハムフェストへは毎年行った。マイアミに2年ほどいた後ニュージャージー州へ戻った。ニュージャージー州では一軒家だったのでロングワイヤーのアンテナを張ることが出来、日曜日の朝のJANETに参加することが出来た。住んでいた家を購入しようと思って売買契約をした次の日に、またマイアミへの転勤が決まりすぐ契約をキャンセルした。2年間のニュージャージー州生活だった。その後日本へ帰国するまでマイアミで勤務した。住居はBoca Ratonという町で、Buddipoleアンテナを設置してK3キットを組み立て100Wで運用した。2011年に一応仕事の方も区切りがつき日本へ帰国した。日本を出てから約40年の海外生活であった。日本に帰国してすぐ遭遇したのは東日本大震災、津波であった。私の住んでいる弘前では何の被害もなかったが、津波の1ヶ月後気仙沼の従兄を訪ねた時、陸前高田の一本松を見て唖然とした。帰国後は英語塾の再開、スペイン語講座の開始、文化センターでの英語講師等をしながら、英語通訳案内士としての仕事と生活をエンジョイしている。主にクルーズ船のツーリストの案内をしていて、青森県を始め東北6県、北海道、関東、関西から昨年は九州も始めた。スペイン語でのガイドも始めて、ヨーロッパ、北米、中南米等、世界中から日本を訪れる観光客を案内することを楽しんでいる今日この頃である。ガイドの仕事を始める迄は、こんなに日本の観光地を巡る機会を得るとは夢にも思っていなかった。(2020年5月記)」尚、インドでのVU3MIYの様子は1998年の記事で紹介させて頂く予定です。


写真16. (左)経営する英語塾の生徒募集の看板の前で、愛犬と共に石戸谷ご夫妻。(右) JA7AUMのシャックにて石戸谷正晴氏。


写真17. (左)JA7AUM石戸谷正晴氏のQSLカードの表。(右)QSLカードの裏側には、お嬢さんが子供の頃描いた絵がプリントされている。

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次号は 12月 1日(水) に公開予定

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