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熊野古道みちくさ記

第56回 連載を終えて

熱田親憙

「紀伊半島の霊場と参詣道」が世界文化遺産に登録されて10周年を迎えた2014年の6月から掲載※を始めた「熊野古道みちくさ記」は、読者の皆様に支えられ、今回の56回をもって連載を終えることになりました。無事にここまでたどりつけた達成感を味わえて幸せに思っています。

思えば、表面に現われない、取材のために足や情報をご提供いただいた川湯温泉の栗栖敬和氏、和歌山市在住の語り部の堀丈夫ご夫妻、吉田圭治氏、東道氏には、期間中暖かく見守っていただきました。家内昭子(秦華)には、校正と題字・俳句の担当として円滑に連載を進めてもらい、誠に感謝です。

神事と国際化

現地取材では、仲介していただいた方の親切さとインタビューを受けた現地の方の素朴さ、謙虚さに心を打たれ、生々しい体験を吐露していただき、たくさんの感激を味わいました。人間が更に好きになり、人間にとって人間が一番の刺激剤だと学びました。

観察取材ではいくつかの例大祭や神事を見ましたが、どれも観光化していない氏子のための神事で、わざとらしさがないことに感心しました。100%地元コミュニティーのための神事なのです。

一方で、氏子の中には、日本女性と結婚したカナダ男性もおり、熊野の国際化の現状を見た思いでした。また伏拝王子から、発心門王子を通って船玉神社に出たとき出会ったフランスの方は、ヒッチハイクスタイルで5回目の古道めぐり。「心が洗われますよ」という言葉には頭をたたかれたようなショックを受けました。

精神性と多様性

日本書記によれば、木の神様の元締め、スサノオノミコトの長男、長女、次女が祀られている伊太祁曽神社。その拝殿の前に立つと周りは、神木となる楠や魔除けの神木のナギの巨木が立ち並んでいます。人間の何倍も生きている木々を見上げると畏敬(いけい)の念が涌き、その木に命が宿っている事がはっきり感じられました。「霊場の原点」でした。こんなたたずまいが、熊野のいたるところにあり、おのずと心が洗われていった気がします。

熊野詣でのゴールは本宮大社、那智大社、速玉大社の熊野三山。しかし合掌する相手は熊野権現です。阿弥陀如来、千手観音、薬師如来という本地仏が神の姿になって衆生の救済のためにこの世に現われるという神仏習合の信仰に古き日本人の智恵を学びました。お互いの信仰を認め合う精神は、多様性を認め合うことであり、日本人の精神性の柱になっています。一神教のイスラム教やキリスト教の絶対主義と違う世界の存在に気づかされました。

変化した役割

熊野詣でに対する古人の受け止め方を知る代表的な文献に藤原宗忠「中右記」があります。本宮前で「感涙抑え難く随喜感悦す」と言わせたのは、難行苦行の末、目的をもって歩き通した達成感なのでしょう。無心の境地から「よみがえらせ」てくれたのです。上皇や法皇が「よみがえらせ」に気づいたとき、目先の誘惑に惑わされない人間として強く生きられるようになったといいます。便利さを求める現代人には耳の痛い話です。

熊野古道は熊野街道、熊野参詣道など呼称も何通りかあります。「道」が時代とともにいろいろな役割を果たしてきたことによる変化なのでしょう。田畑や柴刈りに通う生活道路からはじまり、心の安らぎを求める人々の神社仏閣の参詣道になり、戦国時代は戦場にもなりました。商業経済の発展とともに物流・交通・情報伝達のための街道になり、歴史の動脈になってきたように思います。それゆえ道を歩くことこそが、歴史を知り、将来を見通す早道のようにも思えます。

最後に私が熊野古道を歩む時、心に刻んだ藤白神社の吉田晶生宮司の話をお贈りしたいと思います。

熊野古道を歩いて①自然に触れ、人に触れてほしい②そして自然に畏敬の念を持ち、神仏の存在に気づいて欲しい③人に会い、お接待の原点に触れて、あいさつの大切さを感じて欲しい--の3点です。どうぞ熊野古道をゆっくり歩いてみてください。

読者の皆様、56回の長きにわたりご愛読ありがとうございました。

※月刊FB NEWSの掲載は2015年1月から


スケッチ;大門坂(那智勝浦町)にて

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