日本全国・移動運用記
前号の前編では、IC-9700でサテライト通信を行うための基礎知識について解説しました。移動運用でサテライト通信を行うには、固定局での運用とは違った、いくつかのテクニックがあります。今回は移動運用におけるテクニックについて紹介します。
前編では、サテライト通信用のアンテナを三脚に取り付けて、手動で操作して衛星にアンテナを向ける方法を説明しました。市販のサテライト通信用アンテナは、固定局で使用するために重く頑丈に作られているため手動では操作が難しく、また三脚が倒れる可能性も高くなります。そのため、アンテナは軽量化にこだわった自作品を使っています。通常、アンテナのブームには丸パイプや角パイプが使用されていますが、これを断面がコの字形のアルミ棒にすることで、大幅な軽量化ができました。
それでも、アンテナを上方に向けた場合、三脚が倒れやすくなります。そこで、コンクリート製の重石(レンタカー移動の場合は、水を入れたポリタンク)に三脚を固定しています。さらに詳しく説明すると、アンテナが倒れた場合に備えて、次のような工夫をしています。
(1) 三脚を固定する場合は、ゴムベルト等で緩く引っ張る
三脚をロープなどで強く引っ張って固定すると、3本の脚のうち最も圧力が強い部分を支点として倒れる場合があります。伸縮性のあるゴムベルト(100円ショップにあるマジックテープ付きのベルト)で緩く引っ張って重石に固定すると、安定性が良くなります(写真1)。
(2) アンテナのエレメントは「ナイロンクランプ」で固定し、衝撃が加わった場合に容易に外れるようにする
アンテナが倒れると、アンテナ自体が損傷したり、車や周囲の物体に傷を付けたりする可能性があります。そこで、筆者が使用しているアンテナは、エレメントを「ナイロンクランプ(同軸ケーブル等を壁に固定する部品)」で挟んで固定しています(写真2)。エレメントはナイロンクランプの素材の弾力だけで緩く固定されており、アンテナが倒れたり周囲の物体に接触したりした場合には、エレメントが外れて衝撃を吸収するようにしています。ナイロンクランプはガラスエポキシ製の基板にネジ止めしています。アクリル板は衝撃で割れることがありますが、ガラスエポキシは割れません。
写真1 アンテナの全景、前編の写真を再掲。マジックテープ式伸縮ベルト(写真中のピンク色のベルト)で三脚を固定している。
写真2 ナイロンクランプ(上)と、エレメントの固定方法(下)
サテライト通信では、衛星の可視時間が長い、周囲に障害物が少ない場所を選ぶことが重要です。周囲が開けた平地や海岸は運用に適しており、建物に囲まれた大都市や谷底の山間部では運用が難しくなります(写真3)。
CAS-4Aと4Bは西から東へ、他の衛星は北から南または南から北への軌道をとるため、例えば山間部で運用する場合、東西方向に川が流れており、西と東側が開けている谷底ではCAS-4Aまたは4B、南北方向に川が流れており、北と南側が開けている谷底ではそれ以外の衛星、というような使い分けも有効です。
写真3 サテライトの運用に適した場所(上)と、適さない場所(下)の例
移動運用で、CWまたはSSBでCQを出す場合の操作方法を、順を追って説明します。固定局運用でも基本的な操作は同じですが、移動運用ではアンテナを手動で操作できる点が大きく違います。
(1) ダウンリンク周波数(IC-9700ではMAIN周波数)を、目的とする衛星のダウンリンク周波数の範囲内で、他局が使っていないと思われる周波数に設定します。
(2) AOSと同時に、ダウンリンク周波数に対応するアップリンク周波数(前編の図6を参照)で、CWまたはLSBで送信を開始します。ダウンリンクが聞こえていれば、ダウンリンクの周波数が合うようにアップリンクの周波数を調整します。ダウンリンクが聞こえなければ、IC-9700のスペクトラムスコープ機能を使って、自局のダウンリンク、ビーコンまたはテレメトリ、他局のダウンリンク信号のいずれかが見えるようにアンテナの方向を調整すると、ダウンリンク信号を短時間で捕捉できるようになります(写真4)。
(3) 他局から呼ばれた場合には、それに応答して交信を成立させます。サテライト通信では、自局のダウンリンク周波数から外れた周波数で呼んでくる局がいることに注意が必要です(写真5)。送信周波数を変えない場合には、交信中にも自局のダウンリンク周波数が動いていきます。ここで、送信周波数を必要以上に動かすと、相手局が自局のダウンリンクを見失ってしまう場合があります。受信周波数を固定することにこだわらず、スペクトラムスコープ上で相手局と自局の周波数関係を把握して、周波数を臨機応変に調整することも、交信を確実に進めるための一つの戦略となります。
(4) ビームアンテナを使用している場合、ダウンリンク信号が弱くなったら、アンテナの方向をダウンリンク信号が強くなる方向に合わせます。余裕があれば、ダウンリンクが最も強くなる方向ではなく、衛星の進行方向よりも前方に合わせると、ダウンリンク信号が強い状態を長時間持続することができます。
(5) 他局のダウンリンクや、ノイズ・ビート等と混信になったら、トラッキングモード(画面右側のMAIN・SUBのボタンを解除、上から2番目のボタンはREVを設定)にして、送信周波数と受信周波数を同時に変更して、受信側の空いている周波数で送信周波数を最調整し、CQを再開します。
(6) 移動運用の場合、CWまたはSSBで呼ばれなくなったら、モードを変更するとさらに呼ばれることがあります。CWまたはSSBのいずれかのモードしか出ない局も多いので、CWとSSBを切り替えることで、多くの局と交信の機会があります。その場合、TX(アップリンク)のモードを変更します。操作方法の詳細は後述します。CWをSSBモードで受信する場合、IC-9700の「周波数シフト(SSB/CW)」がOFF(初期設定)では、キャリアポイントの違いによりCWとSSBの受信周波数に違いが生じます。そこで、SSBの送信周波数をCWよりも数100Hz高く設定することで、CWとSSBを同じダウンリンク周波数で受信できます。
写真4 AOS直後にCWでCQを出した様子。スペクトラムスコープ(MAIN、144MHz帯の受信)の−0.5kHz付近が自局のダウンリンク、−3.4kHz付近が衛星のテレメトリ。テレメトリの信号が強くなるようにアンテナの向きを合わせている状態。
写真5 サテライト通信のCWでパイルアップになった様子。スペクトラムスコープの0付近に、多くの局の信号が見えている。
筆者は以上の操作を全て手動で、図3のように右手と左手でアンテナ・電鍵・ペン・マイク・無線機の操作を両手で持ち替えて行っています。パドルとログ記入は右手、無線機の操作は左手での操作に固定し、アンテナ調整とマイクの操作は必要に応じて右手と左手のどちらでも出来るようにしているところが、工夫した点です。
これらを手動で操作することを楽しむのか、ロギングや周波数操作を(さらにはアンテナのローテーターの操作も含めて)ソフトウェアで自動化して省力化するのか、各局の個性が出るのがサテライト通信の面白いところです。
① CWでCQを出す(右手でパドル、左手でアンテナ)
② ログに記入する(右手でペン)
③ CWを打ちながら、周波数を調整する(右手でパドル、左手で無線機)
④ SSBでCQを出す(右手でアンテナ、左手でマイク)
⑤ SSBでログを記入する(右手でペン、左手でマイク)
⑥ SSBで送信しながら、周波数を調整する(右手でマイク、左手で無線機)
図3 サテライト通信を手動で操作する様子
50MHz帯などでは、同じ周波数でCWとSSB、さらにその他のモードを切り替えて異なるモードで同じ局と交信する場合があります。サテライト通信でも、CWとSSBを同じ周波数で切り替えて、両モードで同じ局と交信することがあります。
ここで、サテライトではSSBのモード切り替えが問題になります。地上波のSSBでは、3.5MHz帯と7MHz帯がLSB、それ以上の周波数帯はUSBが使用されており、通常は無線機のモードをSSBにすればLSBとUSBの切り替えは自動で設定されます。しかし、サテライト通信のSSBは、アップリンクをLSB、ダウンリンクをUSBに設定する必要があり、144/430MHz帯では通常はUSBが設定されるため、LSBの設定に手間がかかります。
IC-9700でアップリンク(TX)のモードをCWからSSBに切替えるには、CWからUSBにいったん切り替えて、もう一度モード切替えの操作をしてLSBに設定する必要があります(写真6)。この操作には数秒を要するので、時間が限られているサテライト通信では、面倒に感じることがあります
そこで、SSB/CWを素早く切替るために、筆者はメモリーチャンネルを活用しています。隣接するメモリーチャンネルに、受信周波数はよく使う周波数で共通、送信周波数をCWとLSBでそれぞれよく使う周波数を書き込んでおきます(写真7)。メモリーモードのままMULTIつまみを回してメモリーチャンネルを選択することでモード切替えを行い、周波数はその後で調整しています。IC-9700はメモリーチャンネルを選択したまま周波数の変更ができますので、メモリーからVFOへの転送は不要です。
なお、メモパッド(MPAD)機能でも同様の操作が可能ですが、5チャンネルしか無いため用途は限られます。
① 画面上の CW を押してMODE選択画面に切り替え、SSBを押す
② モードがUSBに設定されるので、画面上のUSBを押して、再度MODE選択画面に切り替え、SSBを押す
③ モードがLSBに設定される
写真6 IC-9700でモードをCWからLSBに変更する手順。
写真7 隣接するメモリーチャンネルにCWとLSBの周波数を登録した様子。サテライトモードでは右側がアップリンク周波数、左側がダウンリンク周波数を示す。
144MHz帯アップリンク/430MHz帯ダウンリンクと、430MHz帯アップリンク/144MHz帯ダウンリンクの衛星では、周波数による電波伝搬の性質の違いにより、AOS(見え始め)直後とLOS直前(見え終わり)における挙動が違います。144MHz帯よりも430MHz帯の方が、回折(かいせつ:電波が障害物の後方に回り込む性質)が弱く、地上の障害物により電波が遮られやすくなります。
AOS直後の例を挙げると、144MHz帯アップリンク/430MHz帯ダウンリンクの衛星は、ダウンリンク(テレメトリまたは他局の信号)が聞こえたら、自局のアップリンクは衛星に届く状態になっています。430MHz帯アップリンク/144MHz帯ダウンリンクの衛星は、AOS直後にダウンリンクが聞こえても、自局のダウンリンクは、衛星の高度がさらに上がってから聞こえるようになります(図4)。ただし、アップリンクとダウンリンクの周波数の関係が正確に合っていれば、自局のダウンリンクがほとんど聞こえなくても、受信能力が高い相手局から呼ばれて交信できることがあります。
図4 周波数帯による地上障害物の影響の違い
日本全国・移動運用記 バックナンバー
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6月4日(土)、JH1CBX/3が14MHz SSBに初オンエアします。
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