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海外運用の先駆者達 ~20世紀に海外でアマチュア無線を運用した日本人達~

その52 第33回JAIGミーティング2017に参加 1989年 (3)

JA3AER 荒川泰蔵

第33回JAIGミーティング2017に参加

筆者は今年(2017年)5月18日から4日間、ドイツのフライブルグ郊外ヴァルトキルヒで開かれた、第33回JAIGミーティングに参加した。ドイツでのJAIGミーティングへの参加は20年ぶりであったが、期待したJAIGのクラブ局DL0DJFは設置されていなく、持参したHTで英国のCEPT免許によるDL/GW0RTA/Pでローカル数局と交信させて頂いた。また、主催者DF2CW壱岐さんはじめ50人近くの参加者とのアイボールQSOによる日独国際交流を楽しませて頂いた(写真1)。このJAIGでの日常的な交流やミーティングに参加することで、海外での運用を経験した人も少なくなく、今回はそのドイツでの経験者から紹介する。


写真1. (左)JAIGミーティング2017の参加者達。(右)JAIGのクラブ局DL0DJFのQSLカード。

1989年 (ドイツ DJ0OQ)

JH2BCR鶴見一哲氏は古くからJAIGのメンバーで、今年(2017年)のJAIGミーティングにも参加しておられたが、ドイツでの運用経験をQSLカードや写真と共にアンケートを送ってくれていた(写真2~4)。「先ず相互運用協定による許可を申請、この許可書の差出人に手紙で長期免許の申請について問い合わせたところ、一冊の本と申請書が送られてきた。これを基に申請、2, 3ケ月後にDJ0OQの免許が書留で送られてきた。ミュンヘンのアパートより1.8MHz~1.2GHzまでオンエアー可、リグはFT-757GX、CNW-419(アンテナチューナー)、CP-4A(7-28MHz, GP)。1.8MHz, 3.5MHzはアンテナチューナーで無理にオンエアー、1.8MHz以外はQSOの実績あり。ここでのQSOは、ほとんどCWによるEU, AF, SA, NAです。ベアフット+GPではSSBで厳しいものがある事と、JAには建物の裏となるため、カスリもしないからです。せめてビームがほしいところですが、日本以上にアンテナの設置は厳しく、ほとんど家主よりの許可は下りません。アンテナは必然的にバルコニーから外に出ないGPとなります。ただ高さがあるので、南と西に対してはよく飛んでくれます。ここ以外に、シュバルツヴァルト近くのDF2MC, Hans宅より週末等たまにオンエアーしますが、ロケーションが FBで、JAがガンガン入感します。(1992年4月記)」


写真2. (左)DJ0OQ 鶴見一哲氏の免許状。(右)DJ0OQ 鶴見一哲氏のQSLカード。


写真3. (左)DJ0OQ 鶴見一哲氏のシャックと、(右)マンションのベランダから伸びたGPアンテナ。


写真4. (左)DJ0OQ 鶴見一哲氏が週末にQRVする、DF2MCハンスさん宅裏庭のシャックとアンテナ。(右)JAIGミーティングにて左から、DJ0OQ鶴見一哲氏と筆者(2017年)。

1989年 (英国 GV75/JR1KWR, G7CKT, G0LHB)

JR1KWR大久保明氏は、英国での免許取得と運用についてアンケートを寄せてくれた(写真5)。「GV75/JR1KWR: 1988年7月、1ケ月間、RSGB 75th Anniversary による特別臨時運用許可を取得。Class AライセンスであったがQSOせず。G7CKT: 1988年8月15日、Claas Bライセンスで個人局を開局。50MHz以上のライセンスであったが、アンテナの制約と、バンド内のアクティビティの低さでQSOせず。G0LHB: 1989年4月6日。Class Aライセンスで個人局を開局。イギリスで許可されている全バンドを免許されたが、アンテナの制約で、3mHのモービル用ホイップで14MHz, SSBのみ運用。現在61カントリーとQSO。Class AのライセンスではCEPTにより、現在OE, ON, HB9, DL, OZ, EA, F, HB0, VS, LX, 3A, LA, PA及びSM各国で、免許申請なしで移動運用ができる。(1990年5月記)」


写真5. G0LHB大久保明氏のQSLカード。

1989年 (モロッコ CN0A, CN2NA)

JH1VRQ秋山直樹氏はモロッコでの運用について2件のアンケートを寄せてくれた(写真6&7)。先ずCN0Aについては、「1989年11月25-26日のCQワールドワイドCWコンテストに際してのマルチ・シングル局。免許人はFDXF(フレンチDXファンデーション)で、オペレーターは次の10名であった - F2CW, F6ATQ, F6BQY, F6DOW, F6EEM, F6FYP, F9LX, FD1NYQ/HB9CUY, TK5EL, NX1L/JH1VRQ。(1990年1月記)」そして、CN2NAについては「1989年11月25-26日のCQワールドワイドCWコンテストに際して、フランスの9人のオペレーターと共にマルチ・シングル局CN0Aを運用。コンテストの前後に、個人局CN2NAを開設した。CN2NAの局設備は、ARRAM(モロッコ・アマチュア無線協会)の本部局(CN8MC)の設備をそっくり利用したもので、IC-735及び12エレのログペリ(14 - 28MHz)と2エレの八木(7MHz)を使用した。交信局数は849。その内JAは359であった。(1990年1月記)」とのことであった。尚1992年6月に、再びRabat & Mohammedia からCN8GI & CN8BA のシャックを借りて運用したとのことで、交信局数は942。その内JAは63であったと、追ってレポートがあった。


写真6. (左)CN2NA秋山直樹氏と、(右)そのQSLカード。


写真7. CN2NA秋山直樹氏の免許状。

1976-1990年 (南極大陸 KC4AAA, KC4USV)

KL7YR大竹武氏は南極大陸からの運用について2回にわたりアンケートを寄せてくれた。先ず南極点基地(アムンゼン・スコット南極点基地)でのKC4AAAについては「南極大陸には南極条約に加盟した国々が領土を主張しないで、科学研究のために隊員を毎年送っています。隊員の滞在は一般に1年以内に限られていますが、無線局は各基地に設置され、オペレーターは毎年交代となり、業務連絡以外、普通隊員への時間を割り当て、正規のアマチュア無線資格を持った者がオペレートして、隊員の家族等への連絡を許しています。アメリカ隊ではいくつかのアメリカ基地から、この方式でアメリカ本国の何人かの特定のボランティア・アマチュア無線局に連絡し、そこから国内電話中継(Phone Patch)によって家族とQSOさせる方法をとっています。各国ともほぼ同様な方式で局の運用をしているものと思います。私は1974年から1984年の間にアメリカ夏隊の一員として7回南極点基地に行って、その都度3~6週間滞在しましたが、その間の1976年12月26日、日本隊の昭和基地8J1RLと交信、当時の芳野越冬隊長JA1XFとQSOした経験があります(写真8&9)。その他日本とは1976年12月26日にJA6GXP, JA7ND, JA1BMAと交信、1977年1月1日にはJG1GDX, 1984年11月24日にはJH4VRD/MMと交信しました。(1987年12月記)」


写真8. (左)KC4AAAを運用するKL7YR大竹武氏と、(右)そのQSLカード。


写真9. (左)KC4AAAから大竹武氏が、昭和基地8J1RLの芳野赳夫氏とQSOした時のQSLカード(1976年)。(右)西堀榮三郎記念探険の殿堂にて左から、JA1XF芳野赳夫氏と筆者(2008年)。

また、マクマード基地でのKC4USVについては「マクマード基地はアメリカ隊の司令基地で、ニュージーランドのクライストチャーチからC-130機で8時間の距離(78度S,167度E)です。アメリカ海軍が運営していて、1,200名が夏の人口です。アマチェア無線局は居住区から約2kmの道のりで少々QRVが不自由でした。アンテナは14MHzに対しては4エレ八木、21MHzに対しては1辺400ftの逆Vというふれこみでしたが、オートチューナーとヘンリー3Kのリニア・アンプのパワーを落として使えば4エレ八木が使いものになりました。少々変則的な使い方でしたが仕方ありませんでした。南極点へ向かう前の5日間はQRV不成功、帰りの5日間(1990年1月13日から17日まで)はQRVに成功しました(写真10)。(1990年2月記)」とレポートしてくれた。


写真10. (左)KC4USVを運用するKL7YR大竹武氏と、(右)そのQSLカード。

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次号「月刊FBニュース2017年12月号」は 12月1日(金)と15日(金)に公開予定

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