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海外運用の先駆者達 ~20世紀に海外でアマチュア無線を運用した日本人達~

その51 シンガポールで第17回SEANETコンベンション開催 1989年 (2)

JA3AER 荒川泰蔵

シンガポールで第17回SEANETコンベンション開催

1989年の第17回SEANETコンベンションはシンガポールで開かれ、日本からも多くの人が参加した(写真1及び2)。シンガポールでの開催はこれが3回目であるが、この時点でコンベンションを主催するほどアマチュア無線が普及しているアジアの国も多く、今回はこれらの国々での日本人の運用について紹介する。


写真1. (左)SEANETコンベンション1989のプログラム表紙と、
(右)そのコンベンションの参加者に送られた参加証。


写真2. (左)SEANETコンベンション1989の特別局9V0SEAのQSLカード。
(右)SEANETコンベンションに参加した往年の名ネットコントローラー4S7PB, Paddyとの初アイボールQSO。

1989年 (シンガポール 9V0SEA, 9V0/JA3AER, 9V0/JA1FUY, 9V0/JH1FNS, 9V0/JA4HCK, 9V1YA)

JA3AER筆者は、久しぶりのシンガポールでSEANETコンベンションに参加する機会を得て、次のように記録していた(写真3)。「1989年11月17日から3日間、シンガポールのシェラトンホテルで開かれたSEANETコンベンションに参加し、記念局として開設された特別クラブ局 9V0SEAを、参加したJAの人達と共に運用する機会を得た。リグはFT-101ZD、アンテナは14AVQとTrap DPで、JAを中心に約40局と交信することが出来た。QSLカ-ドはJA0AD小林さんがハンドルしてくれた。(1990年5月記)」また、同時に個人免許による運用も行ったと、「1989年、シンガポ-ルで開かれたSEANETコンベンションに参加した人に、それを記念して会期中特別な運用許可が与えられた。コンベンション会場に開設された特別クラブ局 9V0SEAを借用して、9V0/JA3AERのコールでQRVさせて頂だいた。従って9V0SEAと同じリグで、 JAを中心に40局近くと交信することが出来た。また、JANETクラブのJAネットのタイミングに合わせて早起きし、9V0/JA3AERのコールでチェックインすることも出来た。(1990年5月記)」


写真3. (左)9V0/JA3AER筆者の運用許可証と、(右上)その許可証をかざしてもらいながら運用する筆者。
(右下)9V0/JA3AERのQSLカード。

JA1FUY川合信三郎氏はSEANETコンベンションで、9V0/JA1FUYの運用許可を得て運用したとアンケートを寄せてくれた(写真4)。「TS-950Sとオールバンドバーチカルにて、9V0SEAの局からオンエアしました。そこでの1st QSOは幸運にもVK1ARA/Mobileでした。シドニー付近を走っていましたが 59プラスで強力でした。周波数は21MHzでした。外国での個人コール付与は、アマチュアには最大のプレゼントです。我国でもこのような方式をとれないものかと思いました。(1989年12月記)」


写真4. 9V0/JA1FUY川合信三郎氏の運用許可証。

JH1FNS太田政俊氏はSEANETコンベンションで、9V0/JH1FNSの運用許可を得て運用したとアンケートを寄せてくれた(写真5)。「1989年SEANET CONVENTION に参加する機会を得て(出張中)、3日間フルにQRVした。3.7 - 28MHz帯(WARC'79バンドを含む)で44カ国 (OY, 9H, HK, 7X, 7Pを含む)、総数 493 QSOの結果であった。(1989年12月記)」


写真5. (左)9V0/JH1FNS太田政俊氏の運用許可証と、(右上)9V0SEAのリグを借用して運用する9V0/JH1FNS太田政俊氏。(右下)9V0/JH1FNS太田政俊氏がシンガポールからCQ誌宛てに送った1989年12月3日の消印がある航空便の封筒。

JA4HCK馬場秀雄氏もまた、SEANETコンベンションで運用許可を得て運用したとレポートしてくれた(写真6)。「1989年のSEANETコンベンション参加につき申請して得た免許で、11月16日から20日まで9V0/JA4HCKのコールサインで運用しました。(1992年6月記)」


写真6. (左)9V0SEAのQSLカードと、(右)9V0/JA4HCK馬場秀雄氏のQSLカード。

JR2WOF伊藤嘉明氏は仕事で駐在したシンがポールで、9V1YAの免許を得て運用した経験を知らせてくれた(写真7及び8)。「赤道直下の近代都市シンガポールは、日本からジャンボジェットが週69便も飛び交い、当地最大の繁華街オーチャード通りは、日本人を中心とした外国人観光客で賑わっている。この通りの外れに電気店が集合されたSIM LIMビルがあり、最新の電化製品から中古無線機やジャンクまで所狭しと並んでいて、近隣諸国(マレーシア、インドネシア、タイ、フィリピン等)から買い出しのマニアで賑わっている。日本では見つけにくくなった真空管等、時々掘り出し物があるので、マニアには必ず立ち寄ってほしい場所である(落成検査時に、終段管をとばし慌てたが、RCA製が山積みされていた)。さて、私が当地に赴任したのは1985年10月にさかのぼるが、前任地香港では(1983年当時)日本人には許可されなかった為、転勤後もすっかり忘れてしまっていた。1988年10月身近な所に既に開局されていた船曳OM (9V1WX/JE3FMB/JA5JWB)を知り、手ほどきを受けて開局申請に取り掛かった。テレコム発行の申請用紙、電監発行の従免(2アマ以上)と局免の英文コピー、家主の承諾書、保証人2名のレター、パスポートの写しをテレコムに提出する(3ヶ月以上の滞在経験が問われるので短期滞在者の臨時開局は認められない)。不備な箇所があると親切に電話で問い合わせくるのでその都度出向くことになる。待つこと2-3ヶ月、審査が受理されると裁判所へ出向くよう指示があり、コミッショナー立ち会いのもとにアマチュア無線憲章を宣誓する(英会話力が不十分だと認められないことがある)。その後簡単な落成検査があり開局となる。運用許可は、6m以外のアマチュアバンドで入力150Wまでだが、ゼネラルカバーレッジのリグが認可されていないので(1990年10月現在)、一昔前のリグ(当局もTS-520)を使用しなければならず、事実上近年許可されたバンドは運用できない。当地のアマチュア無線連盟(SARTS)は、運用している72局の内のアクティブな局が毎月最終木曜日の夜集まり、QSLカードや最近の情報を交換している。日本人は現在8名運用中で、殆どが企業の駐在員であり毎年2-3名が入れ替わっている。我々を何時も悩ますのはアンテナの設置である。他の大都市と同じように8名共マンション住まいを余儀なくされ、屋上の借用許可を家主や政府から得ることは至難の業である(日本人局には八木アンテナは現在1本も建っていない)。しかし、局数が少ない事やロケーションに恵まれ、北欧やアフリカの局はコンスタントに交信でき、JA局にも出来る限りサービスにつとめている。(1990年10月記)」


写真7. (左)9V1YA伊藤嘉明氏と、(右)そのQSLカード。


写真8. (左)9V1YA伊藤嘉明氏の免許申請書と、(右)その免許状。

1989年 (香港 VS6AK)

JA2EDO柴田幸男氏は、仕事で駐在した香港で資格試験に合格した上で、VS6AKの免許を得て運用した経験をレポートしてくれた(写真9及び10)。「1987年8月より某カメラメーカーの駐在員として当地に赴任。そのうち香港で無線をと思いたったのですが、香港はイギリスの植民地で、イギリスと日本の間には相互運用協定がなく、残念ながら試験にパスしなければ局免許が得られない事がわかりました。また、相互運用協定のある国の免許で申請の場合、香港ではその国のパスポートがいるとか、試験にパスしている証明が必要とか、色々付帯条件があるようです。G(U.K.)の試験の合格者であれば問題ありません。結局1988年12月、ペーパーテストと、モ-ルステストを受けパスし、クラスA(HFで運用可)の資格を得ました。ペーパーテストの結果は3ケ月後に判明します。ペーパーテストの合否のボーダーラインは公表されていません。ペーパーテストは考試局(H. K. Examination Authority)へ、モールステストは郵政署(Post Office)へ申し込みます。1988年3月、合格後、郵政署へ行き局免許を申請し、申請料を払い込むと同時にその場でコールが与えられ即運用OKとなりました。日本人へのライセンスは小生が初めてとのことでした。早速、モービルホイップをベランダにつけFT-726で21, 28MHzで運用開始。高台のロケーション、コンデイション、VS6コールの威力?など相乗効果で10Wでも良く飛ぶと実感した次第。それでもパワー不足を感じ、その後HFはTS-440Sに切り替え、FT-726は50MHz専用で運用してきました。受験のためのテキスト、アンチョコはRSGB発行のものを使用しました。内容は全体に2アマ+アルファという感じ。モールスは60字/分、当然ですが適当な英語読解力は必要(というより記憶力か?)。尚、開局までに当地でアクティブなイギリス人、VS6CTフィルから多くの助言を得感謝しております。(1989年7月記)」


写真9. (左)VS6AK柴田幸男氏と、(右)そのQSLカード。


写真10. (左)VS6AK柴田幸男氏の資格試験合格証と、(右)VS6AKの免許状。

1989年 (台湾 BV2B, BV7JA, JP1RIW/BV, JA3AER/BV)

台湾在住のJP1RIW/BV星野謙一氏(現在BM2JCC)は台湾での運用についてアンケートを寄せてくれた(写真11)。「私は1988年8月より台湾に在住していますが、外国人に対してはDXペデイションなど特別運用(BV0のプリフィックスが割り当てられる)以外、個人への免許、臨時許可はありません。しかしゲストオペは可能です。BVのアマチュア局に友人がいれば話しは早いのですが、そうでなければCRA(中国無線電協進会)のアマチュア無線委員会主任のBV2A/B陳(TIM)氏と連絡をとるのが良いでしょう。私はJAにいたときからの知人BV7JAと、BV2Bのシャックから数度QRVしています。BVで許可されている周波数帯は 7, 14, 21, 28MHz帯の4バンドですから、3.5, 10, 18, 24MHz帯の運用は不可能です。時々お邪魔しているBV7JA蘇(SU)さんは台湾南部の高雄市で、私のいる台北から特急電車で5時間ほどかかります。たまにはXYLや2ndを連れていったり家族で付き合っています。いくたびにXYLの手料理で歓迎してくれます。そのXYLも今年(1989年)の国試に合格しました。(1989年10月記)」


写真11. (左) 台湾のJP1RIW/BV星野謙一氏から送られてきた1989年9月27日の消印がある航空便の封筒。(右)BV2Bのシャックにて、左からJP1RIW星野謙一氏とBV2A/B, Tim Chen氏。

JA3AER筆者は、台湾での経験を次のように記録していた(写真12)。「1989年8月、台北へ出張時、古くからの友人BV2A/B, Tim Chen氏の招きで、台湾在住のJP1RIW星野さんと共に、彼のBV2Bのシャックを訪問、ゲストオペとしてQRV させて頂いた。彼は日本のコールサインに "/BV" をつけたコールサインを使用してもよいというので、JA3AER/BVのコールサインで短時間の内にJAを中心に100局余りと交信した。また、カーボン紙で複写にしたログのコピーもその場でくれたので、QSLカードは独自に作り発行した。(1990年5月記)」


写真12. (左)左からBV2A/B, Tim Chen氏とJA3AER筆者。(右)JA3AER/BV筆者のQSLカード。

1989年 (ヨルダン JY6ZZ, JY5CI)

JE3TXU原口忠氏は仕事でヨルダンに滞在中、免許の申請をするも難しいことから、既設局のゲストオペをしたことをレポートしてくれた(写真13)。「JYはCQ誌の情報では過去JY9MG, JY9SY等が免許されており、比較的容易に免許されるとのことであったが、現在(1990年6月時点)は運用協定がないことを理由に免許が下りない。私の他にもJH0HCV, JN1GDDが2年位前から当地にてアプローチしているがNG。現在、週一度はクラブ(JY6ZZ)に行き、秘書のJY4MBとネゴし、クラブの無線機の修理を行ない、クラブ員の技術アドバイザーを担当、JY4MB他より講習の依頼も受けるようになっている。先日、JY4MBよりクラブへの貢献が認められ、個人コールの推薦をしてくれる(既にコールはJY9XUと決定している)との内示を受けている(1990年3月)。しかしながら、審議委員会がチーフボードメンバーのラード皇太子(JY2RZ)の都合で全々開かれず、延期ばっかりでいつ下りるか見当もつかない。いずれにしろ、当地でのJAに対する免許は相当難しいものがあり、仮に私が免許されても今後免許されるとは限らない。尚、私は現在JY5CIと協力してヨルダン初の自作無線機を、部品のないヨルダンでTVの部品から設計製作し(無線機の持ち込みは許されていない)、オールバンド200Wで運用している。クラブでもJAのハムはすごいと評判になっている。(1990年6月記)」


写真13. (左)JY5CIを運用するJE3TXU原口忠氏と、(右)そのQSLカード。

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