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海外運用の先駆者達 ~20世紀に海外でアマチュア無線を運用した日本人達~

その69 グループや団体による運用 1991年 (6)

JA3AER 荒川泰蔵

グループや団体による運用

今回紹介するパラオと東マレーシアは、グループでコンテストに参加する為、クラブ局や特別局として免許を得た例であり、インドネシアは行事に関連して主催団体が免許を得て設置された特別局のゲスト運用の例である。また、北マリアナ諸島でも個人のコールサインでコンテストにグループで参加している。このようにグループや団体での運用が多い時期でもあった。

1991年 (北マリアナ諸島 KH0/JA3IG, AA5K/NH0)

JA3IG葭谷祐治氏は、北マリアナ諸島のサイパン島で運用したと、アンケートを寄せてくれた(写真1)。「1991年5月10日から13日まで、Hafadai HotelからKH0/JA3IGで、CWとSSBで運用し、約1,300局とQSOした。(1992年1月記)」


写真1. (左)KH0/JA3IG葭谷祐治氏のQSLカードと、
(右)葭谷祐治氏の近影(2016年@大阪・807昔を語ろう会にて)。

JA3JM清水彰夫氏は、サイパン島からグループでAA5K/NH0を運用したと、アンケートを寄せてくれた(写真2及び3)。「1991年9月7日から8日にかけて、9名(AA5K/JA3JM, KH0/JA1SLS, KH0/JH4WEE, KG7RO/JS3CTQ, WK3D/JF2MBF, N7TSF/JJ3IMX, KH0/JL2NGY, KH0/JQ3CJB, KH0/JG6SNG)でサイパン島からAll Asia Contest Phone 1991に参加、マルチOP、マルチTXで、2,963局、414マルチで、1,226,682点を獲得し、オセアニア1位に入賞、得点では世界トップでした。同時に、各個人局としても運用しました。(1993年1月記)」


写真2. AA5K/NH0清水彰夫氏のQSLカード表と裏。


写真3. AA5K/NH0清水彰夫氏の免許状。

1991年 (グアム AH2CH, WR1J/WH2)

JR2BEF鈴木康之氏は、グアムでAH2CHを運用した時の事をアンケートで知らせてくれた。「1991年3月3日、湾岸戦争終結直後の興奮さめやらぬグアムを訪ねました。目的はFCC試験の受験でした。何度も受験していると、受験生仲間で友人もできましたが、今回の試験では、戦争の影響からか軍人さんやコーストガードの方々の姿が見えず、顔ぶれはさみしかったです。でも、結果は念願のExtraにたどりつくことができました。試験前日の深夜24時に現地入りし、試験が13時からで、16時の帰国便に乗らなければならず(ほとんど日帰りです)、かなり慌ただしい旅になってしまいました。QRVは2mのみで、ハンドヘルドでレピーターにアクセスして数局とコンタクトしたにとどまりました。最近グアムで免許を取られた方々は以下の通りです。KH2EB(JH2TPI), KH2FU(JG1KYL), KH2FV(JH2BNL), KH2FY(JG2BSO)。(1992年6月記)」その後グアムで試験官をした機会に、WR1J/WH2で運用したとアンケートを寄せてくれた。「ARRLの試験官に認定されたので、1991年11月10日のグアムの試験に試験官としてデビューしました。自分の他にAH0I(JF1IRW)瓜生OM、KH2O(JH1DXU)小船OMが日本からの試験官として参加しました。チーフのAH2S田口OMが高齢(73歳、まだ若い)で試験官をリタイアし故郷神戸に帰るとほのめかしたため、現地の他の試験官から慰留を求められたようです。結論として、もう少し現地で頑張るということになり、拍手を浴びていました。自分を含む「在日・日本人試験官」も機会あるごとに島にわたり試験を補佐するという約束をしました。宿泊先のホテルに21MHzの設備を展開し、JIDXコンテストとJANETのon the air meetingに参加しました。また、KG6DX宅へ遊びに行き、50MHzにQRVしてAJDを含む130局余りとQSOしました。(1992年 6月記)」

1991年 (パラオ KC6WW)

JA2NQG杉山峯一氏は、パラオのコロールからグループでKC6WWの免許を得て、WWコンテストに参加したと、アンケートを寄せてくれた。「KC6DX, KC6FMおよびKC6CW(代表者:Trustee)をメンバ-とするCentral Japan DX Clubのクラブ局として免許を得ました。ワ-ルドワイド・コンテストへの参加、現地ハムの育成援助を主な活動目的としておりますが、1991年9月には、クラブ局のデビュー運用をKC6CWが行ないました。(1991年11月記)」この中で、代表者のKC6CWが杉山峯一氏で、KC6DX及びKC6FMも日本人と思われる。

1991年 (東マレーシア 9W6WPX)

JH0SPE山田明氏は、コタキナバルからWPXコンテストCW部門へ参加したと、アンケートを寄せてくれた(写真4及び5)。「免許取得に関しては9M6HF, Harrisさんのお世話になり、あらかじめ彼の所に必要書類を送付して申請依頼をしていましたので、運用の当日、現地テレコムに出向いてライセンスを発給してもらいました。WPXコンテストCW部門への参加が主目的でしたので9W6WPXという特別コ-ルサインをいただき、免許人は9M6HF, Harris、JH0SPE, Aki、JR0TUU, Takiの3人です。運用はすべてハリスさん宅から行ない、特別許可の50MHzとWARCバンドを含めて、ト-タル4,084 QSOに達しました。(1991年9月記)」


写真4. 9W6WPX山田明氏達のQSLカード表と裏。


写真5. 9W6WPX山田明氏達の免許状。

1991年 (インドネシア 8A1IARU, NX1L/YB1. JA0AD/YB1)

JH1VRQ秋山直樹氏は、インドネシアでの運用についてアンケートを寄せてくれた(写真6及び7)。「8A1IARUは、IARU第3地域バンドン会議(1991年10月8日~12日)の会場となったサボイホマン・ホテルに設置された特別局。会議の出席者全員の運用が許された。14MHz, CWと、21MHz, SSBで、21局とQSOした。(1991年11月記)」そして、別のアンケートでは「IARU第3地域会議(1991年10月8~12日にバンドンで開催)の出席者全員が、インドネシア郵政省の特別な計らいにより、ポータブル運用を許可されたので、NX1L/YB1で、7, 14, 21MHzのCW, SSBを運用した。但し、QTHは、会議場となったサボイホマン・ホテルに限られ、リグはIC-751Aとマルチバンド・ダイポールがORARIによって準備された。尚、QSO数は36カントリーの268局、JAは25局であった。(1991年11月記)」と寄せてくれた。


写真6. 8A1IARUのQSLカードと、(右)8A1IARUを運用する秋山直樹氏。


写真7. (左)NX1L/YB1秋山直樹氏のQSLカード。(右)IARU第3地域会議開催を記念して発行されたインドネシアの切手のFDC(筆者のコレクションから)。

JA0AD小林勇氏はインドネシアで運用したと、QSLカードを添えてアンケートを寄せてくれた(写真8)。「インドネシアのバンドンで開かれたIARU Reg.3 Conferenceで、ORARIが特別局8A1IARUを設置し、出席者全員に運用が許された。また会期中は、臨時のYBコールサインも許されたので、JA0AD/YB1を含め、21MHz, SSBで100局程とQSOした。(1992年1月記)」


写真8. (左)8A1IARUのQSLカードと、(右)JA0AD/YB1小林勇氏のQSLカード。

1991年 (パプアニューギニア P29JA)

JG7AMD庄司良弘氏は、パプアニューギニアでP29JAの免許を得て運用、約10,000QSOしたとアンケートを寄せてくれた(写真9及び10)。「首都のホテルからのQRVは、場所や治安の面から難しいと思われる。観光を兼ねて行くのであれば、Manus (Harbar View Hotelを勧める)、Kavieng (Kavieng Hotelより運用実績あり)、Madang (Madang Resort Hotelを勧める)が良い。特にManusはIOTAアワードを追うEUの局からのパイルが淒まじかった。P20Xを運用したUkarumpaには多数のアマチュア局(P29CW, DK他)がいる所だが、アクセスが比較的難しいので、現地局の協力が必要。ライセンス取得は、JAの免許からは許可されず試験を受けて取得した。W, VK, G等のライセンスがあれば許可される。日本の電波法改正で、P29の免許も郵政省が認めればP29側でも日本の免許を認めるはず。事実数年前にP29より相互運用協定の申し出がJAに出されている。電波法自体はVKのコピーなのだが・・・。"C1A"で注目されたブーゲンビル島はまだP29の領土。しかし、その島の人間以外が行くことは現在不可能。空路はなく、船で行っても撃たれる。独立運動開始後5年以上も経ち、早期解決が望まれている。もし独立となればVK2BEX, 朝比奈OMらと共に行くつもり。物価は日本と同等もしくはそれ以上である。治安の面からも、必ず現地常駐局への事前連絡はするべきである。TVIは一応注意した方がよい。ホテルでは衛星からの共同受信を行っており、TVケーブルに直接入るとアウトである。ホテルに泊まるぐらいの人は割とすぐ文句を言ってくる。ここに限らないが、アンテナからの高周波感電に注意を払って下さい。みんな珍しがって寄ってきます。(1993年12月記)」筆者注:アンケートには1991年12月27日とあるので、免許状の最初の発行日の1992年2月26日や、資格試験合格証明書の1992年3月24日と矛盾するが、1991年の運用として取り上げた。


写真9. P29JA庄司良弘氏のQSLカード。


写真10. (左)P29JA庄司良弘氏の資格試験合格証明書と、(右)P29JAの免許状。

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