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海外運用の先駆者達 ~20世紀に海外でアマチュア無線を運用した日本人達~

その56 サンスポットサイクル22のピークの時期 1989年(7)

JA3AER 荒川泰蔵

サンスポットサイクル22のピークの時期

1989年の記事はこの7回目で最後になるが、この時期はサンスポットサイクル22のピークに当たり、サイクルの始めから終わりまでの期間に多数のアンケートを頂いた。従って全てを掲載するとなると、1年分を何回かに分けねばならないが、これらを割愛することなく報告させて頂きたいと考えている(写真1)。読者諸氏には進捗が緩慢で退屈されるかもしれないが、この連載記事は一度ご覧頂くだけでなく、コールサインなどでの検索も可能にして頂いていて、蓄積された記録として活用するなど繰り返してご覧頂くことも期待している。


写真1. (左)日本人による海外運用件数(アンケ―ト受領件数)の推移。
(右)サンスポットサイクルの推移(QST誌2007年10月号より)。

1989年 (フィリピン DU1GF)

JA3AER筆者は、フィリピンのDU1GFをゲストオペした時の様子を記録していた(写真2及び3)。「1989年11月中旬、仕事で東南アジア5カ国を訪問しましたが、フィリピンを訪問するのは初めてでした。12月1日未明に勃発した反乱軍事件とその後の非常事態宣言はわずか3週間後の出来事で、舞台になったマカティ地区のホテルニッコー・マニラガーデンに投宿していたので、3週間遅ければ間違いなく事件に巻き込まれているところでした。この国からは、JA3UB三好さんが何度もQRVされたほか、つい最近までJR1FWR川名さんがDU/JR1FWRのコールサインで定期的にQRVされるなど、多くの日本人によるQRVがあったので、身近に感じられる国のひとつでした。出発が決まったとき、川名さんからどうせ行くなら免許(許可)を申請してはと申請用紙を頂いたのですか、時間に余裕がなく、しかもわずか3日間の滞在ですから申請は諦めました。やはり一般的には長期駐在でないと雑しいようです。

ちょうどその1ケ月前、三好さんの紹介により大阪国際交流センターでアイポールQSOをしたDU1GF, George Franciscoさんにマニラのホテルから電話をかけると、土曜日の夕刻ホテルまで会いに来てくれました。しばらく歓談ののち、それほど遠くないのでシャックへ来て運用してみないかと誘われ、彼の車でシャックへ向かいました。ホテルから30分程走ったマニラ市の郊外のやや小高い丘陵地常に彼のシャックがありましたが、子供たちが皆独立し奥さんとの2人暮らしでは用心が悪いので、近くマンションに移ろうと考えているとのことでした。

マニラを襲った台風の影響がまだ残っており、地域毎に1日に2時間程度の停電があり、その時間の予告がないのでGeorgeさんも停電がなければ良いがと心配してくれましたが、幸い彼のシャックからQRVしている間には停電はありませんでした。またこの台風でGeorgeさんのビーム・アンテナが壊れてしまい、急遽設置したバーチカル・アンテナを使用してのQRVでした。幸いコンディションも良く、21MHzでJAを中心に、途中SCNET(職域クラブのネット)へのチェックインをはさんで約40局とQSOすることができました。

ローカルのDU1SA, Salさんが珍しいものを持ってきたとGeorgeさんを訪ねてきました。どこで手に入れたのか12GHzのコンパクトな送信機でした。彼はGeorgeと古くからの友達で、アイデアマンとしてパテントも多数所有しているそうです。そのため新しい技術にはたいへん興味を持っており、この日の話題はこの12GHzの送信機の他に、消防の警報装置(電話事情が悪く信頼性に欠けるため、無線を使おうというもの)と医療用ポンプ(田舎では電気のないところもあり、手術に必要な手動式ポンプを作ろうというもの)でした。このようなラグチュ一に花を咲かせているうちに、外出されていた奥さんも帰って来られ、Salさんと共に夕食をご馳走になりました。そしてまたホテルまで送っていただく寸前までQRVしましたが、これはDU1GFのゲストOPとしての運用で、この運用に限りGeorgeさんからQSLカードを預かり、私が発行させて頂きました。(1990年3月記)」


写真2. (左)DU1GFをゲストオペするJA3AER筆者。
(右)DU1GFのアンテナが見える庭でGeorge Francisco氏。


写真3. (左)技術談義をするDU1GF, George氏とDU1SA, Sal氏。
(右)JA3AERが運用/発行したDU1GFのQSLカード。

1989年 (東マレーシア 9M6NA)

JE1JKL中村哲氏は東マレーシアのサバ州の免許を得て、9M6NAのコールサインでコタキナバルとラブアン島(Labuan Is.)から、HFのオールバンドCW & SSBで度々運用し、通算20,000程度のQSOをしたとアンケートを寄せてくれた。(1992年1月記)

1989年 (グアム KC6BKZ/KH2/KT, KH2A)

JR2BEF鈴木康之氏はグアムでFCCの試験を受験し、アップグレードした仮免許で運用した経験をアンケートで知らせてくれた。「1988年にノビスの免許を受け、1989年6月にKH2へアップグレードしに行きました。試験前日まではKC6BKZ/KH2、テクニシアンにアップグレード後はKC6BKZ/KH2/KTでQRVしました。QRVはKG6DX, Joel宅から行ないました。アップグレードのテンポラリーIDの運用は珍しいらしく、/KTの意味を何度となく聞かれ、少し面倒でした。50MHzで生まれて初めて150Wという大出力でCQを連発しましたが、Condxが悪く1局もQSOにいたりませんでした。(1990年7月記)」そして別途、KH2Aをゲストオペした時の様子もアンケートで知らせてくれた。「World Radio社主催のフィールドデーコンテストに、地元マリアナクラブが参加するというので、KG6DXに連れていって貰いました。パ-ムツリ-にロングワイヤ-を引っかけた簡単なアンテナでしたが、ビーチで電波は良く飛んでいたみたいです。コンテストそのものよりも、クラブ員の家族サービスの日のような感じで、メンバーの家族は家庭から食べ物を持ちよってパーティーをしていました。KH2Aの運用もコンテストというよりも下級資格者のトレーニングの場になっており、上級者に回りを取り囲まれて、キーの打ち方やその他運用法のレクチャーが盛んでした。AH2BT(日航:星野OM)やKH2D等ともEyeballできてFBでした。(1990年7月記)」

1989年 (ハワイ諸島 N7DUU/NH6, KH6/JL3UIX)

JF3PLF杉浦雅人氏はハワイでの運用について、アンケートを寄せてくれた(写真4及び5)。「5W1ペデイションの帰りに立ち寄ったハワイでも、やはり電波が出したくて、どうにかこうにかN7DUU/NH6でQRVしました。ハワイでは、5W1とはうって変わって、ワイキキの高級ホテルに泊ったので、無線をやるには最悪!! の状況でした。外から目立たないようにと、わざわざホノルルのハムショップでハスラーのモービルホイップを購入しての運用でした。リニアは本来の目的には使えず、無惨にもマグネット基台のベースになっていました。免許は1982年にアメリカ西海岸を旅行した時に取得していますから、問題ありませんでした。今はあの頃と違い、ボランティア試験が盛んですから、以前よりずっと取りやすくなったのでしょうね。また、相互運用協定もできましたから、わざわざアメリカの免許を取る必要もなくなったのかも知れません。今回、数は少なかったものの、18MHzでJAとQSOできたのが成果でした。帰国後ダイレクトで出したQSLには丁寧な返事のついたQSLがたくさん返って来ました。(1989年10月記)」


写真4. N7DUU/NH6杉浦雅人氏の免許状。


写真5. (左)N7DUU/NH6杉浦雅人氏のQSLカード。
(右)JA3AER筆者宅で、古いJANET NEWSを閲覧するN7DUU/NH6杉浦雅人氏(右端)と、左からN2JA/JA1ANE塚本葵氏、N2CAO/JG3STV服部匡史氏(2006年)。

JL3UIX北山浩氏から、ハワイのKH6/JL3UIXを含め、太平洋の島々から運用したと手紙を頂いたが、先月号に「JL3UIX山浩氏による太平洋ツアー KH6/JL3UIX, KH8/JL3UIX, A35HK, 5W1HV」として紹介させて頂いたので、ここでは省略する。

1989年 (オーストラリア VK4JMY)

JF3MYU板谷邦彦氏は、オーストラリアの免許を得て運用したとアンケートを寄せてくれた。「VK4のブリスベン郊外に住む友人宅を常置場所としてVK4JMYを申請しました。当時は3アマでサフィックスのファーストレターがJかKが割り当てられるCombinedクラスの免許になるのがわかっていたため、JAのコールのサフィックスに似たVK4JMYを希望して割り当ててもらいました。運用はブリスベンの山の上からとゴールドコーストのホテルの庭から、主に12月のEスポシーズンであったため、50MHzでQSOしました。また21MHzではJAの方々とも簡単にQSO出来ました。免許の有効期間満了日が近くなるとVK4の電監に当たるところから通知書と申請書が送られてきました。しかし、JAの免許が2アマになったため、もうJMYを割り当ててもらえないので、再免許/更新の申請はしませんでした。UnrestrictedクラスになるためVK7か8エリアの2文字コールを狙っていますが、VKへの出張が当分なさそうなので(申請料もかかるのでHi)しばらく様子を見ています。(1994年9月記)」

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