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海外運用の先駆者達 ~20世紀に海外でアマチュア無線を運用した日本人達~

その72 英国で得るCEPT免許 1992年(2)

JA3AER 荒川泰蔵

英国で得るCEPT免許

CEPT免許の恩恵については、このシリーズでも何回か紹介してきたが、英語で受験できる英国は、日本人にとって有難く、多くの日本人がそのCEPT免許を英国で取得してきた。また、英国の免許状には「United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland, the Channel Islands and the Isle of Man」とあり、1枚の免許状にDXCC上の7エンティティが含まれていて、それぞれでプリフィックスを変えるコールサインが使える。今回から3回にわたってヨーロッパの紹介ですが、先ずはその英国からです。

1992年 (英国 G0RJW, G0RPB, GW0RTA)

JK6RWM宮崎吉孝氏は、英国で受験してCEPTの免許を得たと知らせてくれた(写真1の左)。「1992年2月12日付けでCEPT 1級のG0RJWの免許を取得した。(1992年3月記)」


写真1. (左)G0RJW宮崎吉孝氏の免許状。(右)G0RPB南沢清氏の免許状。

JA0FMU南沢清氏は、英国で試験を受けてCEPT免許を得たと、アンケートで知らせてくれた(写真1の右)。「1991年12月のペーパー試験、翌年2月のCW試験を受験し、3月に局免の申請をしましたところ、約3週間でG0RPBのコールサインを受けました。4月初旬に家の引っ越しをし、アンテナを張るスペースは全くありません。地上階でベランダなし、外から見えないようにする為には室内アンテナもしくは夜中だけ窓からアンテナを出す事しかできない状況です。休日に郊外へ移動して運用しようと思っております。リグは日本から持ってきたTS-440S、100Wです。(1992年6月記)」また、後日その後の状況を手紙で知らせてくれた。「(一部抜粋)さて自宅でのアクティビティはといいますと、9月にコッソリとFLATの壁づたいに垂直ダイポールを上げました。雨を流す為のプラスチックパイプの陰に。ワイヤーアンテナが見えないように同色のテープで貼付け、同軸は約2mの給電点からパイプに沿わせて地上に下ろし、約5cmの深さで花壇の土に埋めました。とても電波が飛ぶような代物とはいえませんが、このANT(21MHz)でロンドンの東側の強いEU局ならなんとかQSOできます。建物の影響が大きくまともに波が乗りませんでしたが、長さとワイヤーの位置関係を変える事により使えるようになりました。日曜日のJANETにチェックインしてみます。また、10月24-25日のWW-DXコンテストに合わせ、近くのフィールドに移動してQRVをしました。超インスタント 1λループを2m程度に上げ、100Wのパワーで、約20局のJAとナンバー交換をする事ができました。(1993年2月記)」

JA3AER筆者は、モールステストを受けてアップグレードした時の経験を次のように記録していた(写真2~5)。1992年1月8日にRSGBのモールステスト受験申請、1月31日にNew Town(ウエールズ)にて受験、2月7日に合格通知を受け取りました。早速2月8日に局免許を申請したところ、2月14日に希望したコールサインの内の一つであるGW0RTAを予約したので、10週間以内に発行出来るだろうとの通知がありました。その後(4月1日)免許発行機関が変更になったこともあり、5月21日に電話で問い合わせてみると、既にG0RUQまで発行済とのこと、どうも事務の引き継ぎがうまくいっていなかったようです。GW0RTAは予約されているが免許の発行はされていなかったらしく、とりあえずマニュアル(手書き)で発行し、後日コンピューターによる免許状を送るとの事でした。結局5月20日付の手書き免許状を5月28日に受取りました。これでGW0/N2ATTの長いコールサインともお別れです。また Bクラスの免許はどうなるのか知りませんが、使う必要がなくなったのでGW7KTAのコールサインともお別れです。(1992年2月記)」尚、このGW0RTAの免許は更新を重ねて、帰国する1998年まで英国で運用しました。


写真2. (左)GW0RTA筆者のモールステスト受験申請書。(右)GW0RTA筆者のモールステスト合格証明書。


写真3. (左)GW0RTA筆者の最初の手書きの免許状と、(右)コンピューター出力による免許状。


写真4. (左)GW0RTAのシャックにて筆者(1993年)と、(右)アンテナ設置を手伝ってくれるローカルのハム達(1994年)


写真5. (左)GW0RTAの最初のQSLカード(1992年)と、(右)最後のQSLカード(1998年)。

1992年 (ジャージー GJ0PMQ/P, GJ0RTA/P)

JA1IST名黒和史氏は、チャネル諸島のジャージー島から、GJ0PMQ/Pで運用したとアンケートを送ってくれた。「夏休みに家族旅行で、フェリーで渡る。現地ではモービルから運用。2mのみで主にフランス本土の約30局とQSOした。(1994年2月記)

JA3AER筆者は、ジャージー島からGJ0RTA/Pで運用した経験を、次のように記録していた(写真6及び7)。「夏期休暇を利用してChannel Islandsに出かけました。このChannel IslandsにはJersey (GJ)とGuernsey (GU)がありますが、それぞれ独立した法律があり税関も別々です。また通貨や郵便切手もそれぞれ独自のものがあります。車にIC-760 PROとR5等を積み込み、7月28日の夜Poole港からフェリーに乗り込みました。途中Guernseyの港に立ち寄り、Jerseyには翌朝到着しました。Jersey は東西約10マイル、南北約5マイルの小さな島で、人口は約8万人です。港のある首都 St. Helierを素通りし、北の海岸Bonne Nuit BayにあるCheval Roc Hotelへ向いました。この"Bonne Nuit"と言うのはフランス語で"おやすみ"と言う意味だそうです。この島からフランスまで僅か20マイルしかなく、道路や地名等にフランス語が多く見受けられるのもうなずけます。ホテルは海岸に面した山の中腹にあり、南は遮られていましたが、北のJA方向には開けたFBなロケーションでした。早速トランシーバーやアンテナをホテルのボーイに運んでもらい、アンテナのセットアップまで手伝ってもらいました。14:00UTC頃21MHzでテスト電波を発射しながら調整していますと、栃木県のJH1QAX大木さんが早速コールしてくれ1st QSO。その後1時間余りの間に45局のJAとQSOすることが出来ました。ジャージーに滞在中、50MHzでアクティブなGJ4ICD, Geoffさんを彼の店に訪ねました。St. Helierにある店にはテレビなどAV機器の他、アンティックのラジオも並べてあり、また、ハム用品も扱っているようで、注文があれば取り寄せるとのことでした。 (1992年8月記)」


写真6. (左)GJ0RTA/Pを運用する筆者。(右)テラスの端に取り付けた垂直アンテナ(R5)。


写真7. (左)GJ0RTA/P筆者のQSLカード。(右)GJ4ICD, Geoffさんの店で、Geoffさんと筆者。

1992年 (ガンジー GU0PMQ/P, GU0RTA/P)

JA1IST名黒和史氏は、チャネル諸島のガンジー島から、GU0PMQ/Pで運用したとアンケートを送ってくれた(写真8)。「夏休みに家族旅行でフェリーで渡る。ガンジーでの運用にはチャネル諸島通信省(State Telecommunications Board, P. O. Box 3, St. Peter Port, Guernsey, C. I.)の運用許可が必要。アマチュア(GU0ELF)の経営するホテルに宿泊、HFビーム・アンテナを借用し運用。JAとも多数QSO。(1994年2月記)」


写真8. (左)ガンジーの港。(右)GU0ELFのシャックにてJimさん。(1992年JA3AER撮影)

JA3AER筆者は、ガンジー島で運用した経験を、次のように記録していた(写真9及び10)。「ジャージーからの帰途ガンジーにやってきました。ガンジーはチャネル諸島に属しますが、ジャージーのように単一の島ではなく、ガンジー(Guernsey)島、アルダニー(Alderney)島、サーク(Sark)島、ハーム(Herm)島の他、小さな島々で構成されています。郵便局ではガンジーの切手以外にアルダニーの切手も売っていて、係員に尋ねるとガンジーがアルダニーのために代わって発行しているとのこと、そしてこれらの島々では、いずれの切手も使えるとのことでした。ガンジー島は長さ約11マイル、幅約5マイルで、人口も僅か5万人余りの小さい島です。首都はSt. Peter Portで、ホテルはこの町の中心に近いOGHの名前で知られているOld Government Houseで、如何にも由緒あるホテルでした。ここの海側に面した最上階でバルコニー付の部屋という条件で予約していたので、最高級の特別室に案内されました。海は東側に見えるのですが、丘の中腹で3階建のため、北々東のJAの方向にもよく開けていました。早速2mのハンディー機でメインチャンネル(145.5MHz)をワッチしていますと、GU0GUX/MobileのCQが聞こえましたので、すかさずコール、これがGU0RTA/Pとしての1st QSOになりました。彼Koosは私が来るのを知っていて、火曜日の夜のクラブミーティングで会おうと約束しました。JAがオープンする夕方までにアンテナをセットアップしたいものと、早速レセプションでラジオのアンテナをバルコニーから突き出す旨の了解を得、アンテナ(R5)の材料を少しずつ車から部屋へ運び込みました。5m余りあるバーチカルアンテナを斜に突き出し、手すりを支点に根元はバルコニーのテーブルや椅子にくくりつけ、道具の入ったかばんなどを重りに置くなどして、なんとか斜に突き出したアンテナが完成しました。外に出て見上げてみますとアルミ製ですからよく光って目立ちます。でも、幸いTVIもなく3日間活躍してくれました。8月2日の20:41UTCに14MHzでJH3BXOとQSOをしたのを皮切りに、68局のJA局とQSOが出来ました。翌3日も同時刻にJAがオープンし24局と交信出来ました。4日の朝GU4YOX, Bobから手紙を受取り、紹介してくれたGU0ELF, Jimのシャックを訪ねてみました。彼のQTHはホテルから歩いて数分のところで、"Lindale"と言うゲストハウスを経営していて、裏に建てたクランクアップタワーには7エレ・トライバンダーが上がっていました。彼の最近のログを見せてもらいますとJAとも沢山交信しています。早くから知っていればここに泊ればよかったのですが。4日の夕方GU4YOX, Bobが車でホテルに迎えに来てくれ、Guernsey ARSのミーティングに案内してくれました。会場のクラブハウスは、政府の建物を年間£1で借りているのだそうです。アマチュア無線は非常時の通信に大切であることを訴えて、理解してもらえた結果だとは会長Bobの話しです。会場には約20人のメンバーの他、ヨット等でこの島を訪れている英国からのハムの参加もあり賑やかでした。JAからの来客は初めてとのことで、JAのハム事情など情報交換をしました。またクラブハウスにはGU3HFNとGU8NISのクラブ局が設置されていて、メンバーがDXネットにチェックインしJA4AHVと交信していました。結局ガンジーでは150局余りと交信し、内100局近くがJAでした。(1992年8月記)」


写真9. (左)GU0RTA/Pを運用する筆者。(右)GU0RTA/PのQSLカード。


写真10. (左)ガンジーARSのクラブハウスとアンテナ。
(右)クラブ局GU3HFNを運用するGU4YOX, Bobさん達。

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