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海外運用の先駆者達 ~20世紀に海外でアマチュア無線を運用した日本人達~

その48 筆者10年間の米国勤務を終え帰国 1988年 (4)

JA3AER 荒川泰蔵

筆者10年間の米国勤務を終え帰国

当FBニュース2014年5月号での1978年の記事に筆者の米国赴任時の事を書かせて頂いたが、それから1988年までの10年間の米国勤務を終え1988年7月に帰国した。この10年間は米国からN2ATTを運用してきたが、この「海外運用の先駆者達」の記事は、当時CQ ham radio誌に「日本人による海外運用の記録」を連載するために、海外運用経験者から募ったアンケートが基になっている。「日本人による海外運用の記録」は、次の赴任地英国からも投稿を続け、1999年1月号まで約10年間続いた。この「海外運用の先駆者達」も今回で48回目となり4年が経過したが、2000年までの記事を掲載するにはまだまだ続きそうである。米国ではN2ATTの運用と共に、国連本部局4U1UNの運用が思い出に残る(写真1)が、今回はその米国と国連本部の紹介から始める。


写真1. (左)N2ATT筆者のQSLカードと、(右)4U1UN国連本部のQSLカード。

1988年 (米国 WG2P, W200AW)

故JH3VNC植木誠男氏は、米国へ赴任早々エキストラ級でWG2Pの免許を得たとアンケートを寄せてくれた。彼は後に西堀榮三郎記念探検の殿堂(滋賀県東近江市にある博物館)の無線倶楽部(JL3YRT)の会長を務められたが、残念ながら2009年頃急病で亡くなられた(写真2)。「昨年(1987年)11月に赴任して、早速エキストラ級にチャレンジし、ライセンスは取ったものの、アパート住まいの為アンテナが上げられず、もっぱら愛用のJRCでSWLに励んでいます。天井に蜘蛛の巣のようにはりめぐらしたアンテナで毎日のどから手が出る思いで、59で入感する3.5MHz, 7MHzのカリブ海を聞いています。先日のオールアジアコンテストではJANETの皆さんと、念願の4U1UNをオペレートさせてもらいました。もともとLow Banderなので、是非3.5MH, 7MHzでJAとQSOしようと思っていましたが、マンハッタンの大都市のノイズは予想以上にひどく一局もJAは入ってきませんでした(写真3)。アパートからは近々Heath KitのQRPトランシーバーでQRVの予定です。AJD、あわよくばWAJAにチャレンジしたいと思っていますので、JA各局さん、私の蚊の鳴くようなCQが聞こえましたら、是非Callして下さい。(1988年6月記)」


写真2. (左)WG2P植木誠男氏の免許状。
(右)JL3YRTのシャックにてJH3VNC植木誠男氏(左側)と筆者(2008年)。


写真3. (左)4U1UNを運用するJANETクラブのメンバー達、前左からN2ATF小林巌氏、WG2P植木誠男氏、後左からN2JA塚本葵氏、N2GKL秦登喜男氏、N2IEB荒川健一郎氏、NZ2Y臼井五郎氏、HB9RS, Dr. Max deHenceler。
(右)国連本部ビルの屋上で、ビームアンテナを設置するJANETクラブのメンバー達、左からN2JA塚本葵氏、WG2P植木誠男氏、N2ATT筆者、N2GKL秦登喜男氏、NZ2Y臼井五郎氏、後方の2人は4U1UNのメンバー。

JH1VRQ秋山直樹氏は、ARRL本部局の特別コールでの運用について、アンケートを寄せてくれた。「アメリカ合衆国憲法のコネチカット州による批准(1788年1月9日) 200周年を記念してW1AW (ARRL本部局)がW200AWという特別コールを使用することが許された(写真4)。期間は1988年1月9日00:00 UTCより、同15日23:59 UTCまでの1週間。ARRLの職員など10名ほどが、3.5~144MHzのCW/SSBを運用した。私自身は合計で13時間を、14/21MHzのCW/SSBに費やし、65カントリーの延べ1,252局とQSO。その内JAは、14MHzのCWで100局、14MHzのSSBで142局の計242局であった。(1988年2月記)」


写真4. JH1VRQ秋山直樹氏が運用したW200AWのQSLカード。

1988年 (国連本部 4U1UN)

JR1NHD田中真氏は、4U1UNを運用した時のことをアンケートで寄せてくれた。「JANETの一員として4U1UNで、All Asia DX Contestに参加した。コンディションには恵まれなかったものの、一生に一度あるかないかのチャンスを与えてもらい、関係者の方々には感謝している(写真5)。(1988年6月記)」尚、この時は筆者も参加しており、当時米国在住中であった上記JH3VNC植木誠男氏もこの運用に参加しておられた。


写真5. (左)4U1UNのシャックにて、前左からNZ2Y臼井五郎氏、JR1NHD/N2GCG田中真氏、WG2P植木誠男氏、後左から、N2JA塚本葵氏、N2ATF小林巌氏、N2GKL秦登喜男氏、N2IEB荒川健一郎氏、N2ATT筆者。(右)4U1UNのQSLカード。

1988年 (メキシコ XE1LM)

JH1VRQ秋山直樹氏は、メキシコからの運用についてアンケートを寄せてくれた。「XE1LMはLMRE (Liga Mexicana de Radio Experimentadores)の本部局。LMREの年次総会の会場に設置され、LMRE会員と国外からのゲストによって運用された。(1988年7月記)」

1988年 (グァテマラ TG9ASA)

JA2SWH佐竹康雄氏はグァテマラでTG9ASAの免許を得て運用したと、現地の状況を含め、免許の取得から運用までを詳しくレポートしてくれた。「私は1987年6月にグァテマラに来ました。4年程前にTG9XHQで日本人が連用したと聞いていますがはっきりしたことはわかりません。相互運用協定がないため免許取得には少々苦労しました。最初にラジオ・テレビ総局を訪ねた時は試験を受けるかグァテマラ人が日本で運用できるという条項を西語訳し大使のサイン入りで持ってこい、と言われました。どのようにしたらこれら2つを行うことなく(袖の下も使わずに)免許取得ができるかを探るのに約1年かかってしまいました。グァテマラ在住の日本人は現在約130人で、当地に来てアマチュア無線をやろうという頻度は少ないと思いますが、今後のために少しでもお役に立てば幸いです。ここグァテマラ市は北緯15度に位置しますが海抜が1,500mあり、1年を通じ日本の5月頃のような気候で常春の国(La paiz de primavera eternal)と呼ばれます。町ではあちこちで鮮やかな色彩の民族衣装を着た先住民インディオの姿がみられ、全国各地にマヤ文明の遺蹟が残っています。グァテマラの人口は約800万人でその内約100万人が首都グァテマラ市に集中しています。ハム人口は約1,300人であり人口の分布と同様にその大部分がグァテマラ市周辺(TG9)に集中しています。グァテマラにはIARU加盟団体としてCRAG (Club de Radioaficionados de Guatemala:グァテマラ アマチュア無線クラブ)があり、ビューローの機能を持っています。会員数は約180人で入会には2人の会員の推薦が必要です。入会金は150ケッツアル(約7500円)、会費は毎月10ケッツアル(約500円)です。毎月1回第1月曜日に月例ミーティングが開かれています。このクラブにはクラブステーションとしてTG0AAが設置されています(写真6)。TG0のプリフィックスはこの他、テレビ・ラジオ総局にTG0Wがありますが、どちらもアクティビティは高くありません。


写真6. (左)CRAGのクラブ局TG0AAのシャック。(右)TG0AAのシャックにて左から、TG9ASA佐竹康雄氏、CRAGの理事TG9AWC、会長TG9BJ、会計理事TG9AJ。

グァテマラに来て数ケ月経ったある日、日本の電監にあたるラジオ・テレビ総局(Direccion Genalal de Radiodifusion y Television Nacional)を訪れ、開局申請したい旨申し出ました。申請要領と申請用紙はもらったものの簡単には許可をくれそうにないという雰囲気でした。その後免許申請についてあちこち聞き廻った後、申請を行ったのが1988年9月です。途中で不備な書類を揃えて提出してしばらく待ったところ、12月12日に待望の運用許可を手にしました。グァテマラの無線通信法によれば「外国人に対して免許が与えられるのは自国の免許を使用しており、かつ当該国においてグァデマラ人に対して同様の特権が与えられるという内容の協定がある」という条件があります(写真7)


写真7. (左)グァテマラの免許取得要領と、(右)グァテマラの無線通信法の表紙。

しかし私の場合は次のような書類を揃えてラジオ・テレビ総局(以下DGRTと略す)へ申請したところ免許されました。1. 公文書様式(Papel Sellado)にDGRT局長宛アマチュア無線局開局申請する旨記載した文書。2. 無線局申請書(DGRTで入手する)。写真4 x 4.5cm貼付。3. 無線従事者免許証英文証明及び免許証のコピー。4. アマチュア無線局免許状のコピー。5. 日本大使館からDGRT局長苑の推薦状。6. パスポート及びビザのコピー。7. 装置の定格がわかるカタログ、取扱説明書のコピー(送受信可能周波数部分が特に必要。西訳不要)。8. 装置のブロックダイアグラム(西訳または英訳したもの)。9. 無犯罪証明書(グァテマラ最高裁判所で取得する)。10. 使用予定の装置が自分の所有でない場合は所有者の使用許可書。以上の書類は必ずコピーを1部用意して一緒に提出します。コピーは受付印を押して返却されます。あとは許可通知が来るのを待つだけですが、書類の流れとしては次の通りです。DGRTの事務手続き終了後、周波数顧問(Asesoria de Frecuencia y Asuntos Internacionales de Radio:QTH.13calle 9-31,Zonal,Edif.Prensa Libre 9a Nivel)へ書類が転送され審査が行われます。ここでの審査が許可の可否に大きく影響すると思われます。次に書類は通信運輸公共事業省(Ministerio de Comunicaciones,Transportes y Obras Publicas)へ転送され処理されます。この処理が終わると書類は再びDGRTへ戻され、コールサインが決められ決裁されます(DGRT、周波数顧問共に通信運輸公共事業省の下部機関です)。無線通信法によれば一般的には初めてアマチュア局を開局する場合、7MHzだけ運用できる6か月間の暫定免許が与えられ、この期問に海外と100局以上交信すると正式許可がもらえます。この正式許可の有効期間は4年間です。外国人はこれには該当せず、私の例ではオールバンド、免許期間2年間の許可を受取りました(写真8)。なお、グァテマラではゲストオペは認められておらず、免許申請にも相当の日数がかかるため短期間の滞在では運用は不可能と思われます。可能性があるとすればCRAGの会員になりクラブ局(TG0AA)から運用することですが、これもはっきりしません。


写真8. (左)TG9ASA佐竹康雄氏の免許申請書と、(右)その免許状。

ところで、各バンドをワッチしてみるとTGの各局があちこちで西語でラグチューしたり中米ネットにチェックインしたりしているのが聞こえてきます。しかし、ワールドワイドにQSOしているのは極一部の局です。特にCWのアクティビティは低く、私がCWでQRVするとほとんどの局から1st TG CWという応答がきます。グァテマラでアクティブな局はTG9VT,TG9NX,TG9GIなどで、彼らはkWにビームアンテナを持っていますのでON THE AIRさえしてくれれば私の100WにDipoleよりはるかに簡単にJAとQSOできると思います。TG9VT, John Troostはグァデマラ市郊外の非常にFBなロケーションの丘の上に住んでおりkWに14-28MHzは4ele CQ、7MHzは4ele Yagi、1.9 & 3.5MHzはDPでオンエアしています(写真9)。現在は主にRTTYにアクティブです。グァテマラで1.9MHzの運用許可を持っているのは、私を含め2, 3局です。私はアパート住まいなので3.5MHzのDPがやっとなので、トップバンドのJA~TGのQSOは彼に期待したいところです。7.090MHzでは毎朝7時(20時JST)から1時間、メキシコからパナマまでが参加する「中米ネット(カデナ セントロ アメリカーナ)」が行われています。グァテマラからも毎日10局程度チェックインしています。7MHzで中米、カリブが聞こえるか否かのパイロットになるのではないかと思います。なお、現在私は3.5-28MHz SSB,CWにQRVしています(ただし3.5MHzは7MHzのANTに少々細工をしなければいけないので、すぐにはQSYできません)。特に最近は7,14MHzを中心にQRVしています。(1989年5月記)」


写真9. (左)TG9VTのシャックにて左からTG9ASA佐竹康雄氏、TG9VT, Mr. John Troost。 (右)TG9ASA佐竹康雄氏のQSLカード。

1988年 (ホンジュラス JA6WFM/HR2, JA0UQY/HR3)

JA6WFM中村博典氏は、CQ ham radio誌の編集部経由でJA6WFM/HR2のアンケートを送ってくれた。「免許の申請先はHONDUTELというところで、アマチュア無線用の申請書があるので、それに日本の局免、従免の英文コピー等を添えて、申請すること4~6ケ月位で運用許可がもらえる。ただし、旅行等での短期間滞在の場合、その期間中に許可がおりるかは不明である。また、一つの方法としては局長宛に手紙を書くのも良いかもしれない。実際私の場合、無線通信部の長と、理事会の長と、局長宛に暫定運用許可願いの手紙を書いたら、それまで約4ケ月何もなかったのに、その一週間後に許可がおりた(写真10及び11)。尚、詳しくは当局まで!(1988年6月記)」


写真10. (左)ホンジュラスの免許申請用紙と、(右)JA6WFM/HR2中村博典氏の免許状。


写真11. CQ誌1989年3月号に掲載されたJA6WFM/HR2中村博典氏の記事。

JH8FAJ高橋明也氏からの手紙による紹介で、ホンジュラス在住のJA0UQY小林浩昭氏へアンケート用紙を送ったところ、JA0UQY/HR3 で運用している旨手紙が届いた。「(手紙より一部抜粋) 当局、1987年2月に、ここホンジュラス共和国に着任、同8月に許可申請、そしてようやく1988年7月に許可となったものです。追って「海外運用の記録アンケート」を送らせていただきます。1988年7月3日07:00JSTのJANETの21.360MHzのネットにチェックインさせていただき紹介させていただきました。私の任期は今年12月までとQRVは5~6ケ月しかありません。この期間はJAへのサービス、各国へのHRからのCW QRVサービスなどを行いたいと思っています。ホンジュラスでは他にJA6WFM/HR2中村氏がQRVしています。バンドは当局と同じ。我々2人とも青年海外協力隊員です。(1988年7月記)」

1988年 (イースター島 CE0FFD)

JH1ORL酒井章宏氏は、先月号で紹介したタヒチからイースター島に渡り運用したとアンケートを寄せてくれた。「タヒチよりランチェリアにてイースター島に渡りCE0FFD宅より2nd OPとしてQRVした(写真12)。彼の家は民宿を経営しており、シャック24時間レンタル付きでUS$40/1泊であった。2nd OPに関して、USAのライセンスではOKであるが、JAのライセンスについては不明との事で、私のN6LYBのライセンスにての2nd OPだと口頭であった。彼の家は空港より歩いて約10分で、14 - 28MHz用のトライバンダ-を使用している。家の回りに高い建物や木がない為、ロ-バンド用アンテナはFBに立てられない様子だった。50MHzでは2ele HB9CVと10Wで24時間 x 4日間ビ-コンを発射し続けたが、どこともQSO出来なかった。(1990年5月記)」


写真12. CE0FFD酒井章宏氏のQSLカード表と裏。

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