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海外運用の先駆者達 ~20世紀に海外でアマチュア無線を運用した日本人達~

その76 今回から「あの人は今」を掲載します 1992年(6)

JA3AER 荒川泰蔵

今回から「あの人は今」を掲載します

読者の皆さんから、掲載させて頂いた方々は今どうしておられるのかとの問い合わせを受けることがよくあります。掲載しています記事は「20世紀に・・・」と副題を付けていますように、少なくても20年以上前の記録ですので、中にはお亡くなりになられた方もおられますが、筆者が日常的に交信している10数名の方々にアンケートを送り、近況を知らせて頂いた方々を順次紹介させて頂くことにしました。既に掲載された方、又は20年前にアンケートをお送り下さった方で、今回アンケートを受け取らなかったが、近況をレポート頂ける方がおられましたら、是非筆者までお知らせ下さい。メールアドレスは ja3aer@ares.eonet.ne.jp です。では、第1回目の今回は、JA3IBU逵幸一氏です。

1992年 (北マリアナ諸島 AA5K/AH0, KH0/JE1BQE, KH0/JA3HRV)

JA3JM清水彰夫氏は、北マリアナ諸島のサイパン島でAA5K/AH0をグループで運用したとアンケートを寄せてくれた(写真1)。「1992年2月に、AA5K, WK3D, AA7LB, KG7XL, JA1SLS, JH4WEE, JG6SNG, JQ3CJBの8名で運用、50MHzがOpenする等、FBに運用できました。今回はカラパンのホテルとKG6SL, Bert宅の二手に分かれて運用、私は主としてKG6SL宅から運用しました(機器・アンテナは、ほとんど持参したものを使用)。QSOした総合計1,590局の内訳は、1.9MHz CW 40局, 3.5MHz CW 142局, 7MHz CW 269局, 10MHz CW 231局, 14MHz CW 151局, 21MHz CW364局, 同 RTTY 58局, 24MHz CW 2局, 同SSB 15局, 28MHz CW 326局, 50MHz CW 8局, 同SSB 2局でした。(1993年1月記)」


写真1. (左)参加メンバー全員のコールサインが書かれたQSLカード。(右)AA5K/AH0専用のQSLカード。

JE1BQE根日屋英之氏も、グループでサイパン島から移動運用した様子をアンケートで知らせてくれた(写真2及び3)。「メンバー9名(7J1AIJ, 7M1CRB, 7L1MJF, JL1EEE, JL1UEV, JM1RKU, JE1BQE, 野辺裕子, JM1RKU-XYL)でサイパンへ移動運用を行ないました。コールサインはKK6RT/KH0, KH0/JL1UEV, KH0/JE1BQEを使用、今回のメインはコンディションの良い6m及びRTTYを目的としてQRVしました。HFのリグはTS-850S, TS-680S, IC-575, IC-726、アンテナはHFローバンドがウインドム、HFハイバンドが3エレ、6mが4エレHB9CV、HFはベアフット(100W/50W)でしたが、6mは50Wのリニアを使いました。6mは6カントリー約700局とQSOできました。RTTYは約100QSO。また私はCWを担当し、約500局のヨ-ロッパにCW-KH0をプレゼントしました。JAからみると自分の庭のようにいつでもQSOできるKH0ですが、ヨーロッパではまだまだ "1st KH0" という局が多かったです。(1992年3月記)」


写真2. KK6RT/KH0のQSLカード表と裏、運用者のグループ写真を用いて、裏には運用者のコールサインと名前が書かれている。


写真3. (左)KH0/JE1BQE根日屋英之氏と、KH0/JL1UEV雫石氏との共用QSLカード。
(右)KH0/JE1BQE根日屋之氏のQSLカード。

JA3HRV山下義博氏は1992年1月に、北マリアナ諸島のテニアン島サンホセで、KH0/JA3HRVとして運用した経験をアンケートで寄せてくれた(写真4)。「サイパン島より南へ小型飛行機で15分位のQTH(Tinian Island)で、人口約1,000人、面積98k㎡の小さな島です。第2次大戦末期の昭和20年8月6日と8日、この島のハゴイ米空軍基地より原爆を搭載、広島と長崎に発進した所です。ホテルが1軒あり日本人スタッフがおります。この島に20人位日本の方が住まれていると言う事です。ホテルでの運用はOKですが、警察の許可が必要でした。時々停電する事もあると言う事です。14-28MHzのSSBで約1,500局とQSOしました。(1992年2月記)」


写真4. (左) KH0/JA3HRV山下義博氏のQSLカード。
(右)JA3HRV山下義博氏(左端)の近影。(2018年大阪心斎橋での“807昔を語ろう会”会場にて)。

1992年 (グアム KB8NBJ/KH2)

JF3MYU板谷邦彦氏は、KB8NBJ/KH2としてグアムからQRVしたとアンケートを寄せてくれた。「アメリカの免許を取得したので、筆おろしの運用をグアムから大好きな50MHzで行い、JA2-JA6の数十局とQSOができました。観光も兼ねての旅行でしたので、コンディションの良くなる夜10時からを主に運用しました。昼間は家族サービスとKG6DXらとアイボールQSOをしました。また、146MHz帯のレピーターでも現地のハムとQSOが多数できました。夜のオープンしている時はFT-690MKⅡ(2.5W)とホイップだけでもJAと十分QSOができる位FBなコンディションでした。(1994年9月記)」

1992年 (ミクロネシア V63KA, V63MC)

JH8BKL河瀬克英、JF8IYR美智子ご夫妻は、ミクロネシアのポンペイ島で、それぞれV63KAV63MCの免許を得てオールバンド・モードで運用し、それぞれ約400局と600局の合計1,000局とQSOしたとアンケートを寄せてくれた(写真5~7)。「ホテル、ショッピングセンター、レストラン等があり気軽に買物等が出来る。また、スキューバダイビング、遺跡めぐり等のツアーがあり、アマチュア無線以外のことも結構楽しめる。ライセンスは、通常1月1日から12月31日までの1年間有効で、かつ1年ごとの更新が可能であり、免許の申請先へSASEで書類を請求し、その手続きをする。電源は125V, 60Hzであるが、電圧が安定しないので要注意。(1993年1月記)」 尚、運用時はご結婚前で、河瀬美智子氏の免許状やQSLカードは旧姓の對馬美智子氏となっている。


写真5. (左)V63KA河瀬克英氏の免許状。(右)V63MC對馬美智子氏の免許状。


写真6. (左)V63KA河瀬克英氏のQSLカード。(右)V63MC對馬美智子氏のQSLカード。


写真7. (左)JF8IYR河瀬美智子氏のQSLカードと、
(右)V63MCの思い出のコールサインプレートを飾ったシャックにてJF8IYR河瀬美智子氏。

1992年 (オーストラリア VK6BHK, VK8KE)

マレーシア在住のJR4PMW(9M2KE)河野俊一氏は、休暇で訪れたオーストラリアで運用したと手紙で知らせてくれた(写真8)。「1992年2月3日から8日の間、Chinese New Yearの休暇を利用してAustraliaのPerth(VK6)へ家族で旅行しました。Malaysiaからですと日本出発に比べ航空運賃が格段に安いこともあって、前々からXYLと計画を練っていました。PerthはWest Australiaの中心都市で、あの広いWest Australia(VK6)全体の人口150万の内約100万の人々がこの近郊に住んでいるそうです。それゆえ一歩郊外へ出ればもうそこは大平原で、民家を見つけることすら難しくなります。また、いたるところにNational Parkがありカンガルーやコアラが放し飼いにされており、その広さも桁違いに広く、とても1日や2日で廻りきれるものではありませんでした。街の中心部には高層ビルも建ち並び英国時代の面影を残す建物とうまく調和し、見る者にとってある種の感動を覚えさせてくれます。なかでも市内観光をしていてとても感心した事があります。それは、公衆トイレがいたるところに完備されていて、それがまた大変奇麗だったことです。標識も街角のいたる所に掲げられ、普段なんでもないような事なのでしょうが、なんとなく我々に安心感を与えてくれました。ところで、街の中心部を少し外れた所にAdelaide Houseと言う7階建のこじんまりしたビルがあります。その最上階にDepartment of Transport and CommunicationsのOfficeがあり、ここでアマチュア局やCB無線などの免許の発給を行なっております。今回、私もご多分にもれず相互運用協定に基づきVK6のライセンスを申請しました。手続きはいとも簡単でJARLから発行してもらった資料に必要項目を記入し9M2の免許のコピーを添えて提出すれば、30分もしない内にその場でVK6BHKを発給してくれました。Perth近郊には2mのリピーター(VK6RLM, 146.75MHz)もあり市内からはもちろんホテルの部屋からでも充分アクセスできます。私も持参したハンディーをバッグに詰め、事あるごとにワッチを続け何局かの方と楽しいQSOができました。(1992年3月記)」


写真8. (左)VK6BHK河野俊一氏の免許状の一部分。
(右)スワン川越しのパースの街を背景に、ハンディー機で運用するVK6BHK河野俊一氏。

JS6BLS遠藤孝治氏は、オーストラリアのVK8KEの免許を得て、ダーウインからQRVしたとアンケートを寄せてくれた(写真9)。「先ず申請書はJARLの国際課でSASEを送れば入手できます。必要事項を記入し郵便局から国際小為替で送金すれば(A$38)約1ヶ月で日本へ送ってもらえます。コ-ルサインはVK7, 8であれば希望のサフィックス(2レター)が入手できます。また運用場所は例えばパースにてシドニーで申請してもVK6のコ-ルがもらえます。現地にもDOCのOfficeが各地にあり、大都市ならばその場でコ-ルがもらえるはずです。VK9N(ノーフォーク), VK9L(ロードハウ), VK9X(クリスマス)は定期便のフライトもあり日本人も行くことができます。尚、今回の運用はVK8JF, JohnのシャックからTH6DXXを借り、1992年All Asia - CWを中心にQRVし、約1000局とQSOしました。また運用にあたりJA1MCM塩田OM(カンタス航空)、JP1UEE亀尾OM(JAL)、JK1KRS津田OM(ルフトハンザ航空)にお世話になりました。(1992年12月記)」


写真9. VK8KE遠藤孝治氏の免許状の表と裏。

1992年 (ウイリス島 VK9WW)

オーストラリア在住のVK2BEX朝比奈篤行氏は、ウイリス島からVK9WWで運用したとアンケートを寄せてくれた。「1992年10月にVK9NS, VK9NLと共に3人で行なったDX Pediです。島にはWeather Stationが有ります。たまにハムの免許を持っている人がスタッフで居るので、On the airで聞くこともあります。Willis Is.へはケアンズより水上飛行機で2時間程のフライトで行きました。VK9NLは VK9NL/WでもQRVしました。(1993年12月記)」

「あの人は今 (第1回)」 JA3IBU逵幸一氏

逵幸一氏が香港でVS6BSをゲストオペされた記事は、2015年10月号(その31)で紹介していますし、その後1993年にマレーシアで9M2KEをゲストオペされた記事は今後掲載の予定です。逵氏は現在大阪市都島区のマンションから、国際的なコンテストに参加されるなど、またFT8でもアクティブにQRVしておられます。今回は、逵幸一氏からのアンケートの一部を紹介させて頂きます。「1980年後半から海外出張が多くなりアクティビティが低下。北米出張に合わせてWのレシプロライセンスを取得しUHFのHTやピコ21を持参して休日移動の合間にQRVも試みたがQSOに至らず。この状態が退職前年の2013年まで続き1年でログブック1ページがようやく埋まる程度。2014年1月に退職後ハムライフを本格再開した。依然アパマン生活の為、アンテナは殆どバーチカルでDXCCも300に届かない状態だが一応1.8MHz~430MHz迄整備してDXやコンテストを楽しんでいる(写真10)。また荒川OMから誘われ、2016年11月タイ(パタヤ)で開催されたSEANETコンベンションに参加し、久々の海外運用(HS44SEA)と共に海外ハムとの交流で楽しい時間をすごした(写真11)。この時、1980年10月に香港のVS6BS, Silva宅訪問の際親交を交わしたVS6CT, Philが英国から参加していて、36年ぶりに再会できたのは特に印象的であった(写真12)。仕事がQRLになった1980年後半から30年間はほぼQRT状態だったが引退を機に先輩諸氏のサポートを得てハムを再開し第2の人生を楽しんでいる。(2019年6月記)」


写真10. JA3IBU逵幸一氏のマンションに設置されたアンテナ群(2015年撮影)。


写真11. 第44回SEANETコンベンション2016で、HS44SEAを運用するJA3IBU逵幸一氏。


写真12. 第44回SEANETコンベンション2016で、英国から参加のG4JMB(ex.VS6CT), Phil(右側)と36年振りの再会を果たしたJA3IBU逵幸一氏(左側)。

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