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海外運用の先駆者達 ~20世紀に海外でアマチュア無線を運用した日本人達~

その53 昭和天皇崩御で元号が平成となる 1989年 (4)

JA3AER 荒川泰蔵

昭和天皇崩御で元号が平成となる

1989年は昭和天皇のご崩御により、昭和64年は1月7日までとなり、1989年1月8日から元号が「平成」と改元された。ベルリンの壁崩壊も、東西冷戦の終結を迎えたのもこの年であった。今ここで紹介している1989年の記事は、このような時代に海外で運用した人達の記録である。

1989年 (カナダ VE3PXD)

カナダのトロントから7MHzと21MHzでQRVしておられるVE3PXD福間浩次郎氏から、アンケートを頂いた。「毎日夕方、北アメリカ、主にU.S.A.各局と交信、それにカリブ海、地中海の局とも行なう。地中海の各局は困難な事あり。こちらはONLY 100Wであるから弱すぎるのかな。日本の局とは冬場に交信した事あり。しかし局地的なQRMでだめになった。これはこちらのシグナルが弱すぎるからだと思う。私の希望は、もう少し金を稼いでビ-ムアンテナを立てる事。(1990年8月記)」

1989年 (米国 NX1L, W6/JO1JJJ)

JH1VRQ秋山直樹氏は、米国のエクストラ級の試験に合格してNX1Lのコールサインを得たとアンケートを送ってくれた(写真1)。「1982年4月1日より、CT州ニュ-イングトンに居住。K1FHNの監督のもと、すぐにノビス級の試験を受けて、同年5月26日付でKA1IXVのコ-ルを取得。2カ月半後の8月、FCCの試験に合格。9月7日付で、コ-ルがN1CIXに変更となる。3年間のQRTの後、1987年1月にカムバック。VEC制度のもとで、同年3月にアドバンスト級、4月にエクストラ級に昇級。15カ月後の1989年7月、待望のNX1Lコ-ルの発給を受ける。(1989年11月記)」


写真1. (左)NX1L秋山直樹氏の免許状と、(右)そのQSLカード

JO1JJJ米田泰氏は、カリフォルニア州のアナハイムから相互運用協定によるW6/JO1JJJの運用許可を得て、和文CWで運用しているとアンケートを寄せてくれた(写真2)。「現地時間(US PST)土曜日、日曜日に、21MHzでCW, SSBを中心にQRVしています。TS-930SA, 100Wですが、ANT.が非常にPOOR(2.5mH D.P.)です。日本に居る時は関東一円の2m和文同好会でお世話になっていました。21MHzの和文CWで、米国西海岸から出ています。(1989年12月記)」


写真2. W6/JO1JJJ米田泰氏のQSLカード

1989年 (メキシコ XE1/N1CIX)

JH1VRQ秋山直樹氏はメキシコでXE1/N1CIXの免許を得て、1989年7月7日はXE1ZZAのシャックから、8日はXE1UF/XE1HHHのシャックから、9日はXE1RMのシャックから、それぞれ21MHzのCWで運用したとアンケートを寄せてくれた(写真3)。「ARRL本部職員として、LMREの年次総会に招待された。ライセンスはLMREが代行申請してくれたもの。3日間とも、運用時間が昼過ぎにしか取れなかったため、アジア/オセアニアとはQSOできなかった。(1989年8月記)」


写真3. (左)XE1/N1CIX秋山直樹氏の免許状。(右)XE1UF/XE1HHHのシャックにて秋山直樹氏

1989年 (ホンジュラス HR1LW)

JA1LW大貫祥男氏はホンジュラスから、QSLカードや写真と共にアンケートを送ってくれた(写真4 & 5)。「ホンジュラスには、無線関係の仕事で来ておりましたので、ライセンスを発行するHONDUTEL (ホンジュラスの通信公社)と関係が有り、担当部門にアマチュアのライセンスを貰えないかと相談した所アッサリとOKが貰え、正式な書類を出せば許可すると言うことで、次の様な書類を求められました。申請書(申請用紙に記入する)。日本のライセンスのコピー及びスペイン語訳文(特に翻訳証明は要求されなかった)。所属クラブの推薦状(この推薦状を貰うのに1ケ月掛かりました。と言うのは入会申込書に2名の推薦人を付けてクラブに申し込みますと、月1回開かれるミーティングに呼ばれ、会長の前で右手を上げ、アマチェア精神に則り正しく運用致しますとか、会の規則に従いますなどとやらされ、初めて会員になり、推薦状を戴けると言う次第です)。弁護士の名前による申請書(バベル セリヤドと言う、契約書や官庁の申請につかう、収入印紙の印刷されている用紙に弁護士が、成人、既婚、氏名、父親の姓名、母親の姓名、住所、などが盛り込まれた申請書を作ってくれます)。使用する機械のカタログ。写真 2枚。これで、2ケ月位でライセンスをくれます。ライセンスにかかる費用は弁護士科$30。HONDUTELへの納付金は初回が$10その後年間$3を払います。クラブの会費は年間$50です。コールサインは私の場合、所轄官庁にコネがありましたので、日本のコールサイン(JA1LW)と同じものを欲しいと申し入れておきましたら、HR1LWを貰えました。当地では大抵の人が自分の名前をコールサインにして居ます。こちらの人の名前は姓、名、クリスチャンネーム、と三つ持って居ますので、例えは、エルネスト、マイノール、サントスならばHR1EMSとなるわけで、局数が多いので3文字になっている訳では有りません。私の友人の小田さんは名前をとってHR1ODAを貰いましたが、ODAは日本の経済援助の局ですかなどと言われ、その都度コールサインの説明をしていました。なお、普通にライセンスを申請しますとHR/JAxxxがおりる様です。(1993年10月記)」


写真4. (左)HR1LW大貫祥男氏の免許状(感熱紙のコピーで薄くなった)と、(右)そのQSLカード


写真5. (左)HR1LW大貫祥男氏のシャックと、(右)そのアンテナ

1989年 (ドミニカ共和国 JP1DMX/HI8, HI500UD)

JP1DMX宗本久弥氏は、ドミニカ共和国でJP1DMX/HI8の免許を得ての運用経験をアンケートで寄せてくれた(写真6~8)。「免許を取得するには、日本の従免、局免のコピー、もしあればその英文証明(なくても可)、顔写真2枚(大きさは適当、カラーでも白黒でも可)、手数料RD$20.25 (約400円)を用意してDGT (Direccion General de Telecommunicaciones)へ行き、手続きをとればよい。私の場合、DGTに勤める知人がいたので直接免許担当者を紹介してもらったため、一般の窓口での対応は不明である。郵送による申請も不明。代理人による申請は可である。担当者に免許希望を伝え、上記必要な物を提出して説明すれば、申請書類は書いてくれる。通常は1週間位で免許(1年間有効、更新可)が受領できる。HI8xxxのコールを取るには、5年間の居住後でなければならない。運用はアパ―トにアンテナをあげて出ている。停電が多いので車のバッテリーも手に入れ利用している。Rigは日本から輸送、3ele Tribanderは中古を当地で手に入れた。同軸ケーブル等、アンテナ材料は当地で手に入る。ここはカリブ島の中では局数も多く、友人も沢山できた。大陸発見500年の特別局HI500UD (UDRA - Union Dominicano de Radioaficlonadosの特別局)も運用した。(1990年4月記)」


写真6. (左)ドミニカ共和国の免許申請書の一部。(右)JP1DMX/HI8宗本久弥氏の免許状


写真7. JP1DMX/HI8宗本久弥氏の2種類(データ欄が違う)のQSLカード


写真8. (左)JP1DMX/HI8宗本久弥氏のシャックと、(右)そのアンテナ

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