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海外運用の先駆者達 ~20世紀に海外でアマチュア無線を運用した日本人達~

その59 大阪国際交流センターラジオクラブ 1990年 (3)

JA3AER 荒川泰蔵

大阪国際交流センターラジオクラブ

この時代は日本の多くのアマチュア無線家やその団体が、中国や東南アジアの開発途上国に出かけ、アマチュア無線の普及に協力/支援をしていたが、大阪国際交流センターラジオクラブもその一つで、海外から訪れるアマチュア無線家を迎えたり、メンバーが海外に出かけての国際交流やアマチュア無線の普及の支援をしていた(写真1)


写真1. 大阪国際交流センターラジオクラブの活動を紹介する、(左)CQ誌1990年4月号と、
(右)CQ誌1991年3月号の記事。

1990年 (中国 BT4AW)

JA0AW吉成正氏は、中国のアマチュア無線局の支援活動中に、特別記念局BT4AWを運用したとアンケートを寄せてくれた(写真2及び3)。「BY4SZ局(江蘇省 蘇州市 無線電運動協会)は、金沢市が姉妹都市なので JA9AG吉井裕OMが主になって建設支援をした局であり、FAXが欲しいとの事でJA0AWからMINI-FAX及び145MHzモ-ビル機、ハンドヘルド機、HF-5Bアンテナ等を提供した。1990年9月15日の午前中、21MHz, SSBモ-ドでのMINI-FAXによるQSOは、先ず中国側から送信して北海道のJA8PV竹田氏、佐賀県のJG6WAA千葉氏、東京都のJA1DUB吉野氏により受信に成功、続いて3氏よりの送信を受信して2way QSO成功。午後、夕食後の時間帯で21MHz, SSBにてQSO、北米、アフリカは午後で開けなかったが、4大陸 10カントリー約400局と実働約3時間半でQSO出来た。JA9AG吉井氏はBT4AGのコールで50MHz, CWにて約300局とQSO出来た。翌16日は約100km北西の張家港市へ機器寄贈に行ったが、オペレーターを目下養成中でQRV出来なかった。(1991年12月記)」


写真2. (左)BT4AW吉成正氏と、(右)そのQSLカード。


写真3. BT4AW吉成正氏が投稿した「中国・蘇州の日中友好特別局」の記事が掲載された、モービルハム誌1991年3月号の一部分。

1990年 (台湾 JF3SAT/BV7)

JF3SAT小南 英二氏は、台湾の高雄市からJF3SAT/BV7運用時の状況と、台湾のハム事情をレポートしてくれた(写真4及び5)。「運用にあたって事前に代表局、高雄の場合 BV7JA蘇さんに日時を連絡、蘇さんは本部局BV2A/Bと交通部へ連絡する。当日の運用に当たっては、BV局の監視のもと交信禁止国(BYとUゾーン)を除き日本語で交信出来ます。昨年(1989年)3月、2回目の国家試験が行われ、女性を含め70名前後が合格、昨年末より今年(1990年)の初めにかけて一挙に数10局開局。昨年まで11局だったのが、現在40局前後QRVしているそうである。当日はBV7RA黄さんの他、台南のBV6IA陳さん他、高雄各局の熱烈な歓迎を受けました。高雄各局は毎晩のように21.250MHzでローカルラグチューをしております。その他最近ハムショップも登場し、安易にRigを入手できるようですが、台湾は台風の多い国なので各局は用心のためバーチカルもしくはDPを多く使用、八木を使用している局も7月には降ろしているようである。全体的に台湾人は活発である。(1990年5月記)」


写真4. (左)JF3SAT小南 英二氏の、台湾の写真をモチーフにしたQSLカード。
(右)BV7JA蘇さんの写真を貼った複数局共用のQSLカード。


写真5. (左)BV6IA陳さんのQSLカードと、(右)その免許状。

1990年 (香港 VS6XVS, VS6ED, VS6AK)

JA5AXO野間省司氏は、香港で免許を得て運用しているとアンケートを寄せてくれた(写真6~8)。「1990年2月末よりB級ライセンス(VHF以上のみ)にて50MHzでQRV(VS6XVS)。1991年10月末にCWに合格してA級ライセンスにて運用(VS6ED)。現在IC-726(100W), 100m Highの1ele Loop アンテナにて7, 14, 21, 28に出ています。31階のマンションの最上階に引っ越しましたが、屋上利用には充分な安全対策等が要求されますので、今後の目標として100m High, 3 - 5ele Yagiをと思っています。単身赴任3年目を迎え、ゴルフ、テニス、ハム、中華料理(Cooking)に熱中。実は仕事に振り回されているのが現状でして、仕事以外に何かをせねばと思って努力した結果が以上ですHi。(1991年2月記)」


写真6. (左)9M2KEをゲストオペするVS6ED野間省司氏。(右)YL達と乾杯するVS6ED野間省司氏。


写真7. 香港湾仔の夜景の絵葉書を利用した、VS6ED野間省司氏のQSLカード表と裏。


写真8. VS6ED野間省司氏の免許状。

JA3AER筆者は出張した香港での運用を次のように記録していた(写真9及び10)。「1990年6月仕事で香港へ出張した際、香港在住の柴田さん(VS6AK)を訪ね、ゲストオペとして21MHzのSSBでVS6AKを運用させて頂いた。私が海外で初めてQRVしたのは1967年のここ香港であり、その後1975年と76年にそれぞれ短期に運用する機会を得たが、それからでも14年振りの香港からのQRVで少々興奮した。1967年から69年にかけて香港に駐在していた頃は、日本人に免許が与えられず、クラブ局(VS6AJ)や個人局(VS6EK, VS6BS等)のゲストオペとしてのQRVであった。今回は短時間ではあったが、JAを中心に28局と交信し、QSLカ-ドは柴田さんより預かって帰り、ビューロー経由で100%発行しておいた。1997年に香港が中国に返還されるまでに、ぜひまた運用したいものである。(1990年6月記)」


写真9. (左)VS6AKをゲストオペするJA3AER筆者と、(右)そのQSLカード。


写真10. (左)VS6AK柴田幸男氏(JA2EDO)のシャックにて、柴田氏とJA3AER筆者。
(右)香港のレストランにて、左からVS6CS栗尾泰弘氏(JN1CKE)、SWL越智慎吾氏、JA3AER筆者、VS6AK柴田幸男氏(JA2EDO)、VS6ED野間省司氏(JA5AXO)、SWL少年2人。

1990年 (韓国 HL0S)

JK2PNY河津基氏はVR2SSとして滞在中の香港から、韓国のジャンボリー・オンジエアー(JOTA)に参加した過去を思い出してレポートしてくれた(写真11)。「第33回ジャンボリー・オンジエアーに参加するために渡航した。ボーイスカウト・ソウル北部連盟のHL0Sを運用した。(1997年6月記)」


写真11. (左)HL0Sを運用した香港在住のJK2PNY河津基氏と、
(右)香港でのVR6SSのQSLカード(1996年)。

1990年 (シンガポール 9V1YJ)

JA8CSW佐々木茂義氏はシンガポールから、最近の(1990年当時)免許関係の変化など知らせてくれると共に、ご自身の9V1YJでの運用についても手紙で知らせてくれた(写真12及び13)。「(手紙より抜粋)寒い北海道より南国の当地に住みついて7年経ちました。ここの前は3年間香港におりましたが、当時は開局することができず、また当地に来てからも仕事の関係で、シンガポ-ルから近隣諸国に出張している事が多く無線の方から遠ざかっていました。今は当地の永住権を得て、2年前より以前の日系会社を退職し自分で貿易関係の仕事をしています。その為多少暇が出来たので昨年末に免許の申請をし、5月にテレコムの検査を受けて免許が下りました。通常は申請してから3ケ月位で下りるようですが、私の場合公団に住んでいますので、無線設備及びアンテナの設置をするための公団側の許可が必要で、最初3エレ八木で申請していたのですが、エレメントの長さが屋上の半分位占領し、メンテナンスの邪魔になるとのことで許可にならず、ダイポールかバーチカルしか駄目とのことで仕方なくG.P.に変更しました。G.P.でもダイポ-ルでも1年間の屋上使用料はS$180(1万5千円)です。シンガポ-ルには現在約10名位の日本人が免許になっております。当地から出て感じることは日本の局は強い。珍しいカントリーが出ていて同時に日本が聞いているときは、まずシンガポ-ルの局は呼んでも消されます。ほとんど当地の局は100Wにバーチカルですので、相手がJA以外のアジアを指定してもらえないとまず取れません。時々JAの方でもパイルのなかでシンガポールから呼んでいるよとQSPして頂きQSO出来る事があり有難く思います。(1990年10月記)」


写真12. 9V1YJ佐々木茂義氏のQSLカード裏表。


写真13. 9V1YJ佐々木茂義氏の免許状。

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