Monthly FB NEWS 月刊FBニュース 月刊FBニュースはアマチュア無線の電子WEBマガジン。ベテランから入門まで、楽しく役立つ情報が満載です。

海外運用の先駆者達 ~20世紀に海外でアマチュア無線を運用した日本人達~

その87 新型コロナウイルス COVID-19 1993年(9)
「あの人は今 (第12回)」JF3PLF杉浦雅人氏

JA3AER 荒川泰蔵

新型コロナウイルス COVID-19

この原稿を書いている5月初旬現在、新型コロナウイルスCOVID-19の拡大に対して、全国的に緊急事態宣言が発令されていて、各都道府県では外出自粛要請などが出されています。これは世界的なパンデミックで、海外にお住まいの方々を含めて大変な経験をしています。日本から海外に出かけてDXペディションなど海外運用を計画しておられた方々も、ことごとく中止を余儀なくされています。この連載の記事にある時代、即ち20世紀後半の時代には、このようなことが無かったと思いつつ、近年急速に進む環境破壊や、人間のグローバルな往来が原因かと、ワクチンも治療薬も無く、地域によっては医療崩壊も招いていると聞くと恐ろしい事です。この記事が公開される6月までには収束に向かっていることを祈っています。尚、今月の「あの人は今 (第12回)」は、JF3PLF杉浦雅人氏の紹介です。

1993年 (パラオ KC6ML, KC6SM, KC6TZ, KC6IL, KC6WP)

JA3GEP毛利幹生氏は、サテライト通信に特化してパラオのコロールからKC6MLで運用したと、アンケートを寄せてくれた(写真1及び2)。結果としてパラオからの初サテライト運用で、AO-13のMode Bを使用し、3日間で何と420局とQSOされたとのことです。「1. 日本に近く、サテライトにQRVのなかったKC6。しかも、ダイビングにも人気ということでパラオを選んだ。2. 免許の入手は"郵送してくれない"という情報だったので、1992年秋、現地で運用のため行かれる方に書類一式を預け、後日送ってもらった(発行まで1週間ほど。1993年春、JAの複数局が、郵便のやり取りで入手している)。3. 運用時期として、軌道から計算したウインドウに合わせ、当初の6月を繰り上げ、成人の日の3連休にヨーロッパから北米へウインドウの開く1993年1月に決定した。パラオで夜、ヨーロッパで昼、北米で早朝、土曜、日曜をはさむので、交信数を増やそうと考えた。4. リグには、信号が弱いと/耳が悪いとパイルが混乱し、サテライトのために良くないと考え、しっかりした材料を持ち込んだ。アンテナにはナガラ電子工業特製の↑2 x 11 ele, ↓2 x 5 eleと、十分なゲインを確保した(スキーバッグに満杯!)。5. 運用内容については、ヨーロッパ、アジア、北米は、ほとんどQSOしつくしたと思われる。ウインドウの関係で南欧、アフリカ、カリブ、南米とできなかったのが残念。6. 今回のペディは、JAMSAT内のグループJSDX(Japan Satellite DX Group)の活動として行ったもので、世界中のサテライトDXerに少しは借りを返せたかな、という気がしています。Tnx JA1ANG 米田OM。(1993年7月記)」


写真1. (左)KC6ML毛利幹生氏のQSLカード。(右)JD1/JA3GEP毛利幹生氏のQSLカード。


写真2. KC6ML毛利幹生氏の海外運用時の写真2枚が掲載された、OSCAR Satellite Report 1993年3月15日号の誌面。

JA6EGL三宅正司氏は南太平洋ツアーで、パラオからKC6SMで運用したとアンケートを寄せてくれた(写真3及び4)。「1993年3月27日~4月5日まで 1人でリグとアンテナをかついで太平洋のKH2, KC6, V6そして再度KH2で運用しました。パラオではKoror島のNew Koror Hotel(1泊 $39.30)へチェックインして、屋上に21MHzダイポールを張って各バンドにon the airしてみたところ、バンド中JAの信号ばかりであたかも日本にいるような気分になってしまいました。コンディションは大変よく24MHzでもヨーロッパと沢山QSOできました。彼等にとってパラオは珍局のようで、パイルアップを浴びる気分はまさに最高でした。島に常駐しているニュージランド人KC6ZZ,マイクのシャックを訪問しました。彼の厚意で島内観光にもつれていってもらいFBな4日間を過ごせました。(1993年11月記)」


写真3. (左)KC6SM三宅正司氏のQSLカード。(右)KC6SMを運用中の三宅正司氏。


写真4. (左)KC6SM三宅正司氏の免許状。(右)KC6SMを運用したJA6EGL三宅正司氏から、福岡中央郵便局のメータースタンプを貼って、アンケートが送られてきた封筒。

JH3TXR山本祥三氏は、パラオでKC6TZのコールサインで運用した経験を、アンケートを寄せてくれた(写真5~7)。「JARL京都クラブ(JA3YAQ)の40周年記念行事として始めた夏のDXペディションの6回目として、1993年8月にパラオへ行きました。今までQRVの実績のあった人に申請方法を教えてもらいました。日本から申請書と日本の免許の英文証明を送ったら、すぐに免許状は日本に送ってもらえました。またコールのサフィックスも希望のものが空いていればもらえます。ホテルは高級ホテルではありませんでしたが、今までもQRVの実績がありホテルのオーナーも十分理解してもらっているようです。事前に無線をしたいと連絡はしておきましたが。ビルは鉄筋の4階建てで、屋上は出入りが自由でフラットで広く3.5MHzのDPもはれる程の広さはあります。この国のビルは後で建て増しできるように屋上には鉄筋がむき出しになっているため、アンテナは非常にたてやすい状態でした。今までQRVした人が残して行ったマストも少しころがっており、役にたちました。部屋にはクーラーがあるため、電源容量には問題はありませんが、停電が多いらしく我々も一度だけ遭遇しました(なぜか雨が降ると停電になるそうです)。屋上からは海が見え、回りには邪魔になるものはなくロケーションはいいです。街には大きいスーパーもあり、ほとんど必要なものは手に入ります。ハードウェアーショップまであり、最悪マストとかダイポール用のワイヤー程度なら現地で調達できます。我々も現地で電線を買い80m用のダイポールを160m用に改造しました。このペディに参加したメンバーは、KC6IJ(JR3OFX), KC6IL(JF3PLF), KC6LI(JI3DLI), KC6TZ(JH3TXR), KC6UP(JH0XUP)で、合計10,165 QSOでした。(1993年11月記)」


写真5. KC6TZ山本祥三氏のデザインの違うQSLカード2種。


写真6. (左)KC6TZ山本祥三氏の免許状。(右)KC6TZを運用する山本祥三氏。


写真7. (左)KC6TZ山本祥三氏の免許申請書。(中)JH3TXR山本祥三氏の「DXペディションの軌跡」が掲載されたJARL京都クラブNews、1998年6月号特別編。(右)同、1995年4月号別冊。

JF3PLF杉浦雅人氏は、パラオでKC6ILのコールサインで運用したが、それぞれ各自のコールサインを使ったグループでの運用であったと、アンケートを寄せてくれた(写真8及び9)。「免許申請書はV63等と内容的には同じで、太平洋地域統一規格といったところでしょうか。アメリカとの深い関係を示すように、"連邦政府の発行する免許を所持する場合はその旨を明記せよ"という項目があります。近々信託統治を離れ独立する話がありますが、現在でも既に市民には独立国であるかの如き自覚があり、状況が急変することはないと思います。今回のペディションは、お馴染みJARL京都クラブの行事として5名で行いました。コールサインはお察しの通り、過去に発行されていなければ希望のものがもらえます。私達の内、JH3TXRはTXRにちなんで"TX"または彼のアメリカのコールKF8TWにちなんで"TW"を希望していましたが、両方共発給済みらしく"TZ"になってしまいました。運用はニューコロールホテルで行いましたが、ペディション出発前に、我が京都クラブ会長より"ログ2冊使いきるまでは帰って来たらアカン!"という強いお達しがありまして、全員奮闘の結果、正味5日間の運用で延べ10,000局以上QSOという大きな成果をあげることができました。1.9MHzのQRV、CWでの大量サービス、6mのオープン…と、ワクワクドキドキのペディションでした。もちろん、せっかく異国へ出かけたのですから、無線ばかりの5日間ではありませんでした。泳ぎにも行きましたし、ショッピングにも行きました。パラオ名物らしい「コウモリスープ」も味わいました!ダイビングが好きな方なら、コロール島南方のロックアイランドできっと満喫できることでしょう。(1993年12月記)」


写真8. KC6IL杉浦雅人氏のQSLカードの表と裏。裏面には同行したメンバーのリストと、全員でQSOしたデータが印刷されている。


写真9. KC6IL杉浦雅人氏の更にデザインの違う2種のQSLカード。

JA1WPX下市忠雄氏は、1993年8月と1994年9月の2回のパラオからKC6WPの運用をまとめて、アンケートで寄せてくれた(写真10)。「1993年8月KH2→V6→KC6と回りましたがライセンスの到着が入れ違いになり、KC6のみQRV。コンディションはあまり良くなかったのですが、3日間で約2,000QSO、18MHzでEUへNewを提供できた。1994年は飛び石連休を利用してサテライト主体のQRVを行ったが、衛星の状態やローカルタイムの関係により約140QSOと少なかった。HFは1.8/3.5MHzは逆LのSWRが下がらず、7-29MHzにQRVした。7と10MHzは100Wにもかかわらず、WやEUからも結構呼ばれたが、S7~9のノイズと不法SSB局のQRMで受信はきつかった。又、ほとんどJAであったが、29MHz, FMでも150局近くでき楽しめた。しかし、こちらも不法局のQRMに悩まされた。28MHzのCW帯の東南アジア方面の不法局は減ったが、その他のバンドに多く出没してQRMを与えている。JAからは近くて雑魚の感がありますが、WやEUからはJAからのカリブと同じで結構珍のようです。暫くの間はJAはスタンバイしてEU向、W向の時間を作ってほしかった(95%のJAはQRXしてくれますが、5%のJAはしつこくコールしてくる。CWがとれないのか、自分勝手なのかは不明)。運用はいずれもアマチュア無線家に協力的で、屋上を自由に使用させてくれるNew Koror Hotelで行った。ACのレギュレーションはあまり良くなく、クーラーのOn/Offで電灯が瞬時暗くなる。大型リニアを使用する場合は要注意です。300-400WはOKでしょうが、700W-kWは多分無理でしょう。又、ノイズも多いので受信には苦労します。1994年のQRVはDSPのNoise Filterを使用して、特にサテライトでは楽になりました。(1994年10月記)」


写真10. (左)KC6WP下市忠雄氏のOSCAR専用QSLカード。(中)KC6WP下市忠雄氏のHF用QSLカード。(右)KC6WP下市忠雄氏の2年間有効免許状。

「あの人は今 (第12回)」JF3PLF杉浦雅人氏

JARL京都クラブのメンバーとして、米国の免許を取得し、米国は勿論、太平洋の国々でDXペディションにアクティブだったJF3PLF杉浦雅人氏の、北マリアナでの運用については(その21) 2014年12月号で、米国での運用については(その28) 2015年7月号で、グアムでの運用については(その32) 2015年11月号で、西サモアでの運用については(その55) 2017年10月号で、ハワイでの運用については(その56) 2017年11月号で、更にグレードアップした免許での、米国での運用については(その75) 2019年6月号で、フィジーでの運用については(その77) 2019年8月号で、西キリバスでの運用については(その78) 2019年9月号で、パラオでの運用については今月号で、それぞれ紹介させて頂きましたが、その杉浦氏から近況をお知らせ頂きましたので紹介させて頂きます。「私は、高校時代の1977年に京都市で開局して以来QRTしていた期間はなく、現在までの43年間、継続してアマチュア無線を楽しんでいます。1982年にシアトルで取得したFCCの免許も、General(N7DUU) → Advanced(KI7BO) → Extra(K7IL)とアップグレードを重ね38年になります。この間、アマチュア無線界も大きく様変わりし、RTTY、PACKET、SSTV、PSK、JT65、FT8と、デジタルモードが目覚ましい進化を遂げています。私も、それらを少しずつ受け入れてはきましたが、CW大好き、コンテスト大好き、DX大好きという基本的なアマチュア無線の楽しみ方は今も変わってはいません。今回紹介いただいたKC6IL(1993年)の後の私ですが、結婚、マンションへの引っ越し、子育てというライフステージの変化で、毎年どこかへペディションに出かける…などということはできなくなりました。1997年のK7IL/KH6、1999年のK7IL/KH0の後は、2007年のV60IL、2014年のVK9EC、VK9EX、2015年のJF3PLF/BY5HBと、かなり間隔が開きます。


写真11. (左)ココス・キーリング島でVK9ECを運用する杉浦雅人氏と、(右)VK9ECのQSLカード(2014年)

その分、JARL京都クラブ(JA3YAQ)のメンバーとして、近隣府県の新市移動サービスを数多く行いました。会員有志の所有する移動無線車で、三重県伊賀市(JCC2117)、京都府京田辺市(2212)、南丹市(2213)、木津川市(2214)、滋賀県栗東市(2308)、湖南市(2311)等に出かけました。また、JARL京都府支部で担当した記念局の運用にも精力的に携わってきました。平安京1200年の8J3KYO、21世紀の8M2000や8N2000、日韓共催ワールドカップの8N3C、京都コンテスト60周年の8N3KT等です。記憶に新しいところでは、国際博物館会議(ICOM)京都大会2019の8J3ICOM、8N3ICOMという面白いコールサインの記念局もありました。その他、週末に時間があればコンテストにも参加しています。国内コンテストにもDXコンテストにも、それぞれの楽しみがあり、時間を忘れさせてくれます。さらに、2016年WW PH(7MHz)のように、たまたまログを出した部門で賞状をいただけたりすると、弱小局の私としては大変幸せな気分になります。さて現在の私ですが、JF3PLFの免許状を4枚所持しています。自宅(京田辺市・100W固定、50W移動)の他、他の方との設備共有で京都市西京区(200W)、相楽郡南山城村(1kW)にシャックがあります。このうち西京区の局はリモートで運用ができますので、老後自宅で局の維持ができなくなっても、ここからなら変わらず無線が楽しめるのではないかと期待しています。開局当時16歳の少年だった私も、来年は還暦となり定年を迎えます。今のご時世、65歳までは年金ももらえませんので、まだまだ働かないといけないとは思いますが、アマチュア無線のアクティビティーは、生涯維持していきたいものです。できることなら、これからも何度かは海外運用も…と夢見ています。(2020年4月記)」


写真12. (左)国際博物館会議京都大会記念局8J3ICOM, 8N3ICOMのQSLカード。(右)JF3PLF杉浦雅人氏の自宅のアンテナ・タワー。

海外運用の先駆者達 ~20世紀に海外でアマチュア無線を運用した日本人達~ バックナンバー

2020年6月号トップへ戻る

次号は 7月15日(水) に公開予定

サイトのご利用について

©2020 月刊FBニュース編集部 All Rights Reserved. 発行元: 月刊FBニュース編集部