2014年6月号
連載記事
海外運用の先駆者達 ~20世紀に海外でアマチュア無線を運用した日本人達~
JA3AER 荒川泰蔵
その15 国際クラブ・JANETクラブ発足 1979年
1979年 (カナダ VE7DIC)
JI1VLV伊原ナナ子氏はカナダでのゲストオペを報告してくれた。「1979年4月1日から6日まで、私のいとこ(1/2カナダ人)と2人で、VE7DIC(故人)の家を訪問、そこからQRVしました。他に彼の友人を2人訪問しました。(1987年4月記)」
1979年 (インドネシア YB9X, YB0X)
JI1VLV伊原ナナ子氏はまた、インドネシアでの運用についても次のようなレポートを送ってくれた。「免許については、JA1UT林さん及びYBの方まかせでした。運用はHF及び50MHz、SSTVの運用もありました。(1987年4月記)」
上記、伊原氏のレポートにJA1UT林氏の名前が出てきたので、アンケートのファイルを調べてみたところ、JA1UT林義雄氏からは、先月号で紹介したVS6HK, CR9JA及び4D88UTのアンケートと以外に、1986年4月29日付けの手紙で、「これ以外にYB0X, YB9X, T3AZ, C21AA, C21NI, 8Q7及びKH0から運用した」旨の連絡を受けていた。それらは、その国々での50MHzでの初運用を目的にしたものであったらしいが、筆者がそれ以上のアンケートや資料の請求をしなかったのか記録がないので、YB9Xについてはバリ島から、YB0Xについてはジャカルタから、1979年の運用であったと推測し、ここに紹介しておく。
なお、今年(2014年)のSEANTコンベンションは、林氏や、伊原氏がYB9Xを運用したこのバリ島(Bali)で、11月14日から4日間の予定で開かれる。コンベンションの特別局のコールサインはYB42SEAの予定で、参加者にはゲストオペが許されるものと思われる。
参照: http://orari.or.id/seanet2014/Activity/
1979年 (シンガポール 9V1UC)
JA1HHM中柴健氏(写真13)は、9V1UCの免許を得たと、シンガポールの免許について次のようにレポートしてくれた。「1. 日本での1アマまたは2アマのライセンスを持っていれば免許を得られる。ただし、入国から3ヶ月経過していないと申請できない。 2. 保証人のレター、落成検査、裁判所での宣誓と厳しいところもあるが、真面目に行えば問題なし。 3. ゼネカバ対応リグ、入力180W以上のリグ、144/10/18/24.5MHzはまだ許可になりません。その他、入国の簡単な国なので、リグの持ち込みも簡単なため、免許を受けないのにJAxxxx/9V1とか、/MMで運用する局があります。これら日本人ハムに厳重に注意を促したいと思う。(1985年4月記)」
写真13. SEANETコンベンション2006 in大阪にて、9V1UC中柴健氏(中央)、両側が9V1XW, Francis Goh氏とその令嬢。
1979年 (フィリピン DU1MRC)
DU1MRCを運用したJA7SGV鈴木進一氏は、当時のフィリッピンの免許事情についてレポートしてくれた。「日本人としては、相互運用協定がないので個人へのライセンスは全く不可能です。私も、農林大臣や、軍当局からの紹介を頂き、あらゆる方向から攻めましたが結局NGでした。フィリピン人ハムにお願いしてコールを取って頂き、2ndオペとして運用する方法しかありません。なお、DU1MRC(写真14)は私共が去ってからは、オペレートする人もなく自然消滅したようです。(1985年7月記)」
写真14. DU1MRC鈴木進一氏達のQSLカード。
1979年 (ミクロネシア連邦 KC6IN, V63AO)
ミクロネシア在住で独立前にKC6INの免許を取得された西村いさお氏は、その後V63AO(写真15)の免許(写真16)に変更されたが、次のようなレポートを寄せてくれた。「現在私が居住しているところは此の国では一番東南(N5. E163)に位置する島でして、田舎も田舎、片田舎というところです。勿論ここにもコスラエ州行政府はありますが、アマチュア無線の業務を取り扱う窓口はなく、行政府の本拠地ポナペまで出かけねばなりません。私がこの国の免許を最初に取得したのは、まだ此の国が独立する前のこと、20年以上昔の事で、当時は国連の信託統治地でアメリカ合衆国の施政権下にありサイパンの行政府まで行き取得したものです。当時は東カロライン群島といわれ、取得したコールサインはKC6INでした。ここ数年来正規の常駐局は当方1局で大変寂しいカントリーです。是非多くのペディション局の来訪を期待しています。(1999年2月記)」
写真15. V63AO西村いさお氏のQSLカード。
写真16. V63AO西村いさお氏の免許状。 (クリックで拡大します)
1979年 (アンドラ C31UX)
JA1OYP杉山正明氏は、ヨーロッパの小国アンドラからの運用についてレポートしてくれた。「西ドイツ(当時)の免許のコピ-を添付して、同国担当省/官(Vagueria Episcopal, Andorra la Valla, Andorra)へ手紙を書き免許を取得した。ホテルに3エレを設置5日間運用したが、1日は山の頂上付近にて移動運用をした。(1985年11月記)」
1979年 (ドイツ JA3UB/DL)
JA3UB三好二郎氏は、ミュンヘンにて、バイエルン料理をごちそうになったと、その時の写真(写真17)を送ってくれた。(1985年12月)
写真17. ミュンヘンにて乾杯をするJA3UB/DL三好二郎氏(左から2人目)と仲間達。
1979年 (ITU本部 4U1ITU)
また、JA3UB三好二郎氏は4U1ITU(写真18)の運用について、次のようなレポートをしてくれた。「世界テレコミュニケーションデーにITU本部を訪問しました。IARU会長のHB9QC/DL3WR(当時)やフランス政府代表のF8RU等とアイボールQSOしたり、深夜、早朝24時間常時運用の許可をもらって運用しました。リグの調子が悪く、ついでにメンテナンスをやりましたところ、運用に来る者はたくさん居るが、修理に来たのはオマエがはじめてだと笑われました。(1995年12月記)」
写真18. (左)4U1ITUを運用するJA3UB三好二郎氏と、(中央と右)その時の 4U1ITUのQSLカード(表と裏)。
1979年 (リベリア共和国 EL2GG)
2月号で紹介したEL2FY(JA1XAF)斎藤栄一氏のXYL、JE1DLK斎藤武子氏からは、同時期にEL2GGとして運用したと次のような報告を頂いた。「EL2FY(JA1XAF)のXYLとして、モンロビアからHFで運用しました(写真19-20)。(1986年7月記)」
写真15-19. EL2GG斎藤武子氏のQSLカード(表と裏)。
写真15-20. EL2GG斎藤武子氏の免許状。
海外運用の先駆者達 ~20世紀に海外でアマチュア無線を運用した日本人達~ バックナンバー
- その45 タイで第16回SEANETコンベンションを開催 1988年 (1)
- その44 CQ誌の「N2ATTのニューヨーク便り」 1987年 (6)
- その43 記事執筆を励まされるもの 1987年 (5)
- その42 相互運用協定の恩恵 1987年 (4)
- その41 海外運用の後方支援 1987年 (3)
- その40 CEPTその後 1987年 (2)
- その39 相互運用協定が拡大 1987年 (1)
- その38 当連載では日系人も紹介 1986年 (4)
- その37 国際平和年 1986年 (3)
- その36 大学のラジオクラブが活躍 1986年 (2)
- その35 多様な国々からQRV 1986年 (1)
- その34 日本人による海外運用の記録をCQ誌に連載開始 1985年 (7)
- その33 IARU第3地域国際会議 1985年 (6)
- その32 中近東地域へも進出 1985年 (5)
- その31 中国への支援や指導での友好関係が延々と今に続く 1985年 (4)
- その30 JLRSのYL達が活躍 1985年 (3)
- その29 国際連合創設40周年 1985年 (2)
- その28 米国で日本との相互協定による運用許可開始 1985年 (1)
- その27 アマチュア衛星通信が盛んに 1984年 (3)
- その26 肩身の狭い海外運用 1984年 (2)
- その25 免許状 1984年 (1)
- その24 FCC 1983年 (3)
- その23 CEPT 1983年 (2)
- その22 世界コミュニケーション年 1983年 (1)
- その21 ユニセフアマチュア無線クラブの活躍 1982年 (2)
- その20 米国で日本の経営や品質が見直された時代 1982年 (1)
- その19 青年海外協力隊員が海外運用でも活躍した時代 1981年 (2)
- その18 相互運用協定への聴問会が開かれる 1981年 (1)
- その17 日本人によるDXツアーが始まる 1980年 (2)
- その16 1980年代の概観 1980年(1)
- その15 国際クラブ・JANETクラブ発足 1979年
- その14 海外運用のグローバル化・筆者米国へ赴任 1978年
- その13 バンコクでSEANETコンベンション開催 1977年
- その12 国連無線クラブ局K2UNの活性化 1976年
- その11 米国で日本人にも免許 1975年
- その10 戦後初のマイナス成長 1974年
- その9 変動為替相場制に移行 1973年
- その8 企業の海外進出 1972年
- その7 初回SEANETコンベンション開催 1971年
- その6 大阪万博の年1970年
- その5 海外運用の黎明期(3)1969年
- その4 海外運用の黎明期(2)1968年
- その3 海外運用の黎明期(1)1965~1967年
- その2 20世紀後半の概観
- その1 プロローグ