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海外運用の先駆者達 ~20世紀に海外でアマチュア無線を運用した日本人達~

その84 国連本部4U1UNのログ 1993年(6)
「あの人は今 (第9回)」JA1FY野田隆志氏

JA3AER 荒川泰蔵

国連本部4U1UNのログ

最近4U1UNのアクティビティーが低いためか、まだQSOしていないとか、QSOしたがQSLカードが届いていないとの声を耳にします。(その12) 2014年3月号で紹介した1980年から1988年にかけてJANETメンバーが運用した4U1UNのログに加えて、今回の記事の1993年7月に筆者が運用した時のログをコピーして、現在のQSLマネジャーであるHB9BOU, Herbert Aebyに送らせて頂きました。彼は今でも時折その時代の問い合わせがあり、ログが無くて困っていたと依頼してきたものです。当時のQSLマネジャーが、ビューロー経由で送ってくれていますが、もし受け取られていない方は、HB9BOU, Herbert Aebyに請求すると再発行してくれるかも知れません。尚、今月の「あの人は今 (第9回)」は、JA1FY野田隆志氏の紹介です。

1993年 (米国 KG8DS)

JF3MYU板谷邦彦氏は米国でKG8DSの免許を取得、米国各地で運用したと免許状のコピーとQSLカードを添えてアンケートを寄せてくれた(写真1及び2)。「1993年夏に最初のシアトルから運用を始め、1ヶ月滞在したカリフォルニア州のオレンジカウンティーを中心に50MHz, 146MHz, 14MHz, 21MHz, 7MHz (アクティビティーの順)の運用をしました。その後W3(ワシントンDCとその周辺), W4, W2(ニューヨーク), W1(マサチューセッツ州ケープコッド), W0と、出張先からも146-147MHz帯のレピーターで多数現地のハムとQSOが出来ました。週末には免許を受けているW8(常置場所)のミシガン州エイドリアンから14MHzと21MHz, SSBを中心に、JAを含む多数の方々とQSOが出来ました。W8から"CQ Asia"と叫んでいたら、ZS8MIからコ-ルをされてびっくりしました。(1994年9月記)」


写真1. KG8DS板谷邦彦氏の免許状。


写真2. KG8DS板谷邦彦氏のQSLカード2種。

1993年 (国連本部 4U1UN)

JR3NZC松本肇氏は、国連本部の4U1UNを運用したことをアンケートで知らせてくれた。「1993年3月、ニューヨーク、ニュージャージー州在住の日本人ハムのバックアップにより、4U1UNを運用する事が出来ました。4U1UNはニューヨーク・マンハッタン内に位置しているにも拘わらず、7MHzはアメリカの局がオンエアー出来ない7.100MHz以下(JAのSSBの周波数)に出ることが出来るなど、アメリカとは別カントリーを感じました。日本人、アメリカ人のアマチュア無線家によって無線機器やアンテナの管理がしっかりされていますので、クラブ室内も清潔で快適に運用することが出来ました。管理者の方々のご苦労がうかがえました。(1994年1月記)」と、3.8, 7, 14, 21, 28MHzで約1,000局とQSOしたそうです。

JA3AER筆者は、英国に駐在中の1993年7月、夏季休暇旅行でニューヨークを訪れ、国連の4U1UNを運用させて頂いた時の記録を残していた(写真3)。「夏期休暇でNY, NJを訪問の際、N2ATF小林さん、WZ1A山口さんの好意により、懐かしい国連局4U1UNに案内して頂き、2時間ばかり運用させて頂いた。14MHz, SSBで67局とQSOしたが、残念なことにJAはオープンせず、アメリカ大陸及びヨーロッパとのQSOに終わった。現在のQSLマネジャーはW8CZNとの事であったが、QSO中に数局からQSLカ-ドの督促を受けた。このことは4U1UNを管理するW2GM, Daveと電話で話す機会があったので伝えておいた。5年前米国を離れる際、N2ATTで使用していた4エレ八木トライバンダーをここに寄贈したが、小林さん達の手で国連ビルの屋上に立派にあげられ、今なお健在であった。シャックも小林さん、山口さん、それにNZ2Y臼井さん達日本人(JANETメンバー)の努力により良く整備され、今ではメンテナンスも任されるようになったとの事であった。国連ビルは各地の地域紛争で国際情勢が緊張しているだけにセキュリティーは厳しく、国連職員が同行する者以外入場を認めていない。ロビーには原爆の日を前にして、広島や長崎から送られた被災の遺留品等が展示され、非核、反戦を訴えていた。またそのロビーからガラス越しに見える中庭に、日本が贈った常設の平和の鐘が新鮮に見えた。反戦と言えば、5年前にはなかった銃身をひねったモニュメントが北の広場に設置されており、訪問客の記念撮影の場になっていた。(1993年8月記)」


写真3. (左)4U1UNのシャックにてJA3AER筆者。(右)4U1UNのQSLカード。

1993年 (エルサルバドル YS1/NX1L)

JH1VRQ秋山直樹氏はエルサルバドルで開かれたFRACAPに出席した際、YS1/NX1Lの運用許可を得て運用したと、運用許可証のコピーとQSLカードを添えてアンケートを送ってくれた(写真4)。「FRACAPコンベンション(中米のハムの大会)が1993年10月15-17日にエルサルバドルで開催された際に、ARRLを代表して出席。参加者全員のために主催のCRAS(同国のIARU加盟団体)が、ANTEL(同国の電気通信管理当局)より、運用許可書を発行してもらってくれた。私はコンベンションの開会前の僅かな時間にYS1YS(CRASのクラブ局)と、YS1JBLのシャックからQRV。7/14/21MHzのCWで420局とQSOした。その内JAは21MHzのCWで131局あった。また、RS-12サテライトのKモードにもQRVし、SSBで5局とQSOした。(1993年11月記)」


写真4. (左)YS1/NX1L秋山直樹氏の臨時運用許可書。
(右)YS1/NX1L秋山直樹氏のQSLカード。

1993年 (ケイマン諸島 ZF2VV)

JH1VRQ秋山直樹氏はケイマン諸島でZF2VVの免許を得て、1993年から1995年までの3回の運用についてアンケートを寄せてくれた(写真5及び6)。「これまでに3回運用。1回目は1993年11月11-14日、2回目は1995年6月16-18日。3回目は1995年10月20-22日。いずれの際もZF1RCのシャックを拝借した。日本とのQSOは延べ571。内訳はサテライト(AO-10とAO-13)が174、RTTYが167、その他が230交信であった。(1995年12月記)」


写真5. ZF2VV秋山直樹氏の免許状。


写真6. (左)ZF2VVを運用する秋山直樹氏。
(右)ZF2VV秋山直樹氏のQSLカード。

1993年 (アンティグア・バーブーダ V29Y, V2/JP1NWZ)

JP1NWZ櫻田洋一氏は、コンテストに参加する為、アンティグアからQRVしたと、QSLカードと免許状のコピーを添えてアンケ―トを寄せてくれた。1992年の事であるが、筆者の記録のミスで漏れていたので、ここで紹介させて頂く(写真7及び8)。「CQ WW DXコンテスト(Phone)参加の目的で、V2よりQRVしました。通常のQRVのみでしたらV2/のコールサインですが、コンテスト参加目的の為に、特別に48時間のみのスペシャル・コールサインV29Yを許可されました。設備(Rig. Amp. etc.)は持参しましたが、アンテナの既に建っているV21ACE, Mr. Ted Meekのゲスト・シャックを借りましたので、アンテナ機材に関する心配はなかった為、通常のDXpediにくらべて楽でした。シャックはLong Bayという町にあり、山の上ということもありますので、ロケーションは最高です。部屋からは、カリブ海を眺めることも出来ます。又、山下にはLong Bayのビーチもあり、夜はDX、昼はビーチで海水浴を楽しむことが出来ます。ところで、ゲスト・シャックは20mHの3エレ・トライバンダ―、バターナット・バーチカルを利用することも出来ます。Mr. Ted Meek曰く、AntiguaでのNo.1のロケーションであり、コンテストでQRVすれば、48時間中、連続のパイルアップの運用になります。近い将来、CQ WWコンテストの時、V2よりQRVする予定です。(1993年12月記)」と、8日間の160mから10mまでの運用で、12,000 QSOだったそうです。


写真7. V29Y & V2/JP1NWZ櫻田洋一氏の免許状。


写真8. V29Y & V2/JP1NWZ櫻田洋一氏のQSLカードの表と裏。

1993年 (グアドループ FG/JH4NMT)

JH4NMT松田佳之氏は1993年2月のカリブ海旅行の際、グアドル-プでFG/JH4NMTを運用したと、QSLカードを添えてアンケートを寄せてくれた(写真9)。「FG5BG, Georges宅から運用しました。滞在中はコンディションが良く、多数のJAとQSOが出来ました。(1994年2月記)」


写真9. FG/JH4NMT松田佳之氏のQSLカード。

1993年 (マルティニーク FM/JH4NMT, FM/AH0AL, FM/JA6VZB)

JH4NMT松田佳之氏は1993年2月のカリブ海旅行の際、マルティニークでもFM/JH4NMTを運用したとアンケートを寄せてくれた。「FM5CD, Michel宅から運用、HFのCWモードで約200局とQSOしました。カリブ海旅行が主だったため、運用よりも多くのマルティニークのハム達に会うことに重点をおきました。マルティニークは非常に美しい島で、無線よりも観光の方が良いと思います。(1994年2月記)」

JA6VZB森山氏聡之氏は、マルティニーク島での臨時免許を得て運用したと、FM/AH0ALFM/JA6VZBの2枚の臨時免許状のコピーを添えてアンケートを寄せてくれた(写真10)。「1993年5月、マルティニーク島のFM5CDマイクのシャックからQRV、7-21MHzのCWとSSBで合計425QSOをしました。臨時免許は日本と米国の免許がベースになっています。(1994年3月記)」


写真10. FM/AH0AL & FM/JA6VZB森山聡之氏の2枚の臨時免許状。

「あの人は今 (第9回)」JA1FY野田隆志氏

戦後アマチュア無線が再開された初期、昭和27年に第2級アマチュア無線技士の免許を得て、翌28年にJA1FYを開局された野田氏のジュネーブのITU本部での運用については、(その62) 2018年5月号で紹介させて頂きましたが、現在もアクティブにJANETやJAIGなどの活動に参加しておられる他、「国際交流まくはり」の活動をボランティアとして手伝っておられ、その定期的な講演会は科学的なテーマだけでなく、国際問題等広い範囲に亘り、著名な講師をお招きして好評だそうです(写真11)。その野田氏から近況をお知らせ頂きましたので紹介させて頂きます。「ソロソロ後のことを考える歳になりました。家のタワーは友人に引き取って戴き、すぐ傍の公団アパートの9階に部屋を借りました。東側バルコニーの手摺りにMFJのマグネティックループアンテナを水平に取り付けました。とても良く飛びます。JANETクラブのネットでは、米国西海岸のネットコントローラーW6OPQ丸さんに取って戴いて居ります。FT8ではWACも出来ております。シャックはHFがIC-7600です(写真12)。(2019年11月記)」。尚、野田氏は2020年2月号の「今月のハム」にも紹介されていますのでご覧ください。


写真11. (左)国際交流まくはりの役員、左から本間副会長、原田会長、野田副会長。
(右)「原子力問題を考える」の幕張公民館での講演会風景。


写真12. (左)ベランダに取り付けられたアンテナ。
(右)JA1FY局のシャック。

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次号は 12月 1日(木) に公開予定

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