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海外運用の先駆者達 ~20世紀に海外でアマチュア無線を運用した日本人達~

その110 ロドリゲス島やマリなどアフリカの紹介です 1997年(6)

JA3AER 荒川泰蔵

ロドリゲス島やマリなどアフリカの紹介です

今回は1997年の最後の第6回目で、北米とアフリカです。北米はJA1BUI古田昌弘氏の米国での運用と、JH6RTO福島誠治氏の米国とバミューダでの運用、アフリカはJA1ELY草野利一氏のロドリゲス島での運用と、JA8SLU小原実氏のマリでの運用を紹介します。尚、今月の「あの人は今(第35回)」は、現在米国でアクティブなK4ST遠藤聖士氏の紹介です。

1997年 (米国 W6/JA1BUI, AH0R/W3)

JA1BUI古田昌弘氏は米国を訪問時、相互運用協定によるW6/JA1BUIのコールサインで運用し、SSBとCWで約20局とQSOできたとアンケートを寄せてくれた(写真1)。「姪がカリフォルニアに居まして、今回Big Bear Cityへ移転したので様子を見に出かけ、そこからon airしました。JAの局はJA8PDC、JA7SSBと、またV85HYともCWでQSO出来喜んでいます。ロケーションはNGで山に囲まれていて、北にのみオープンでKL, VEを中心に、残りはWでしたHi!(1997年10月記)」


写真1. (左)W6/JA1BUIでCWを運用する古田昌弘氏。(右)ポーチのテーブルにセットアップされた、
W6/JA1BUI古田昌弘氏の臨時無線局。

JH6RTO福島誠治氏は、米国からAH0R/W3で14MHzのCWとSSBを運用し、約20局とQSOしたとアンケートを寄せてくれた。「メリーランド州ボルチモア出張の際、HFモービル機とモービルホイップ一式を持参しました。本格的運用というよりはアメリカ本土の運用スタイルを覗いてみようという意図でした。DXに対するパイルは別ですが、ファーストコンタクトであろうと、CWであろうと非常にロングQSOを好むようです。フォーンはまだいいのですが、エクストラ・セグメントのCWは甚だ大変です。まさしくFCCの1C(20WPMのCW受信)を受験しているような感じでした。5月18日はJA-カリブが開けているようで、強いJA局は私のモービルホイップでも聞くことができました。ホテルからの運用で部屋が南向きですから、中米やカリブの聞こえるものはほぼ取れました。残念ながらヨーロッパ方面は59で聞こえていても、応答がないことがありました。部屋は26階建での23階で約70m高だったと思います。(1997年6月記)」

1997年 (バミューダ AH0R/VP9)

JH6RTO福島誠治氏は、バミューダ諸島でAH0R/VP9の免許を得て運用したと、アンケートを寄せてくれた(写真2)。「合衆国ボルチモアに行く用事があり、ついでにもう1カントリーと考えながら地図とにらめっこしました。カナダじゃつまらないし、カリブ海は遠すぎる。じっと見つめるとバミューダが浮かび上がってきました。免許はもらえそうだし、週末はWPXCWだし、期待が膨らんできます。無線運用したいことと無線機通関したいことを述べた手紙に、アメリカの免許をつけてテレコムへ送れば許可証を自宅住所に送ってくれます。申請料は無料ですが航空便の返信に$4(バミューダドルですがUSドルと等価)要していますので、これは各自が負担すべきでしょう。なお、JH6RTO/VP9を希望していましたが、正規に相互連用協定のあるWの免許が優先されたようです。


写真2. AH0R/VP9 福島誠治氏の免許状。

渡航についてはJFKからAAが、BWIからCOが直行便を飛ばしており、片道約2時間のフライトです。日本-アメリカ東海岸の料金に往復2,3万円足せばバミューダに行けますから、時間的に費用的にもFBです。JFKまで直行しAAに乗り継げば、ニューヨークで1泊せずにあこがれのバミューダに着きます。さてバミューダの税関は、全品を目視検査するという念の入れようで、事前に送ってもらった許可証は通関時に大変役に立ちました。運用は宿泊したホテルから行いました。ベアフット+モービルホイップという寂しいシャックでした。到着時に半分終わっていましたがWPXCWの最中でしたから、Wを中心にそれなりにパイルを楽しみました。ただしAH0R/VP9という変なコールが災いし、度々コールの確認を受けました。結局現地2泊3日でしたが、観光しても無線してもFBな島ですから次回はゆっくり訪れたいと考えています。皆さんにもお薦めのカントリーです。(1997年6月記)」

1997年 (ロドリゲス島 3B9/3B8DL)

JA1ELY草野利一氏は、ロドリゲス島で、3B9/3B8DLを2nd OPで運用したと、QSLカードを添えてアンケートを寄せてくれていた。それによると、1997年9月22日から27日まで、SSB, CW, RTTYで約2,000QSOであったとのことですが、免許の取得や運用状況については、「月刊ファイブナイン98年1月号を参照してください。(1998年1月記)」とあるだけでしたので、同誌の5ページにも及ぶ「3B9/3B8DLロドリゲス島運用記」から、筆者の独断と偏見で一部抜粋・要約させて頂きました(写真3及び4)。「(- 59誌の記事より抜粋・要約 -) 59誌創刊10周年を記念した1994年10月のインド洋ペディションを企画した際、モーリシャス・テレコムに勤める3B8DL, Roddyと知り合い、マヨッテ、コモロからの帰路、モーリシャスでRoddyとディナーを楽しんだ。その際ロドリゲス島DXペディションの話が出て、3年後の5月に、ロドリゲス島のライセンスの可能性があるとRoddyから電話があり、早速申請したが、紆余曲折の末、結局Roddyだけに3B9/3B8DLで免許され、やむなく2nd OPで参加した。ロドリゲスへはエアーモーリシャスの離島便が1日2便あるが、小型機で手荷物は1人15kgと制限があり、RoddyとそのXYL, Barbaraの3人としても持参する機材は最小限に絞らざるを得なかった。ロドリゲスの空港ではホテルの車が待っていて、舗装のない山道を30分走ってホテルに到着、早速机にリグを並べ、7MHzのDPを展開してSSBでQRV、ローカル局とのQSO後、20:05UTC頃JJ1EJH細谷さんとQSOが出来た。ホテルは高台にあり、北側に山があるものの、エメラルドグリーンの海が見える。Roddyが調達してきた7メートル程ある丸太に、ホテルの従業員の手伝いを得て、ビームアンテナを上げた。(- 中略 -) Roddyが3B9FR, Robertを紹介してくれた。Robertは息子の病気治療の為一家で3B8へ行かねばならなかったことや、島を襲ったサイクロンで大きな被害を受けたためQRTしていたが、何時か無線に復帰したいと言っていた。今回はベア―フットの運用ではあったが、ローバンドが予想以上に出来、80mから10mのオールバンドで、CW, RTTY, SSBのトータルQSO数は、1,921QSOであった。(1998年1月記)」


写真3. JA1ELY草野利一氏が2nd OPを務めた 3B9/3B8DLのQSLカードの表と裏。


写真4. 月刊59誌1998年1月号の表紙と3B9/3B8DLロドリゲス島運用記の記事の一部。
表紙の写真はロドリゲス島にて、左からJA1ELY草野利一氏、3B9FR, Robert、3B8DL, Roddy。

1997年 (マリ TZ6JA)

JA8SLU小原実氏は、アフリカのマリでTZ6JAの免許を得て、首都バマコからQRVしたとアンケートを寄せてくれた(写真5及び6)。「免許: 日本の従事者免許証と無線局免許状の写しを添付して開局申請。フランス語の申請書式があります。設備の仕様書の添付も必要です。申請書は3部提出しました。通信省以外に、内務省、国防省の許可が必要です。非居住者による免許取得は容易ではない模様です。取得まで3ケ月を要しました。許可期間は1年間で、以後1年毎に自動更新されます。設備: FT-900にアンテナは4エレ八木(14, 21MHz)と2エレ八木(7MHz)を使用しました。


写真5. TZ6JA小原実氏の免許状。

運用: 1997年5月から1999年1月までの2年弱で、総QSO数は約11,000QSOでした。内50%がJAを含むアジア、25%が欧州、中近東、アフリカで、残りの25%が北米、カリブ海、中南米でした。JAとは7、14、21MHzのいずれかのバンドでほぼ毎日オープンし、14、21MHzのパスはSPよりLPの方が良好でした。QSLカード: QSLビュローはありません、マリ無線連盟はあるのですが休眠状態で機能していません。郵便事情は劣悪で、ロストメール(抜き取り事故)が多く、QSLカードのダイレクトメールは、ロストメールの極小化のための特別な工夫が必要です。QSLマネジャーはJA3EMU田中敏之氏に依頼しました。(1999年5月記)」


写真6. TZ6JA小原実氏のQSLカード。

「あの人は今 (第35回)」K4ST(JA0BSL)遠藤聖士氏

現在米国でアクティブなK4ST遠藤聖士氏の、ITU本部での4U1ITUの運用については(その83) 2020年2月号に紹介させて頂きましたが、その遠藤氏から、ご自身のアマチュア無線歴を振り返り、その後の状況を知らせて頂きましたので、ここに紹介させて頂きます(写真7~9)。「局免許申請中の1964年6月16日に新潟市役所で地震の非常通信のお手伝い開始が強烈な記憶です。その後の2アマ予備試験制度の最後の受験者だったかもしれません。1987年にDL/JA0BSLでPaderborn市のアパートからQRV。国鉄駅ハムクラブDL0PSのゲストオペもしました。同時期に3日間4U1ITUのゲストオペをし、その後JAIG MeetingでDF2CW壱岐OMにお会いし、DLのレシプロ免許継続のお世話になりました。1992年秋にXYL、JG0NTXと共にW6に渡米し、1993年正月明けからジョージア州アトランタで、W4/JA0BSL。1995年2月にAE4EZ。その後アトランタの南約25分のNewnan市の2エーカーの雑木林住宅に居住。タワーの場所の伐採見積もりが$6万! 計画変更しVerticalでQRV。特別コールAE400EZでもQRV。1997年2月からW3XJに変更しました。


写真7. (左)DL/JA0BSL遠藤聖士氏のQSLカード。(右)W3XJ遠藤聖士氏のQSLカード。

東部に居住経験が無い違和感もあり、1999年4月からK4STに変更。程なくアトランタ空港から南へ約20分の2.2エーカーの旧牧場地住宅にQSY。市にアンテナタワーの相談をしたら、許可する、申請は要らないとの事で89ftを建てる事に。工事中に市の担当者が確認に来ました。ワイヤーアンテナを取り付けてQRV。後に受信に限界を感じSteppIRの3エレに変更。2013年の定年までにDXCC331、Honor Roll達成。同時に8 Band DXCCとChallengeの1500も達成しました。


写真8. (左)K4ST遠藤聖士氏の旧牧場地住宅での89ftのタワーにSteppIRの3エレアンテナ。
(右)K4ST遠藤聖士氏のGeorgiaでのQSLカード。

その後XYLと南カリフォルニアでQTH探し。分かった事は、2011年から殆どの地域で居住規則改定が行われ、それまで緩やかだった建築物に厳しい高さ制限が導入されました。各市や自治体では規則書を作るのが面倒なので全米展開の規則書雛形Covenants Conditions and Restrictions (CC&Rs)を導入。CC&Rsの適用優先順位は、団地、市、そしてCountyの順。殆どのアパートや団地にはHome Owner Association (HOA=町内会・自治会の様なもの)があり、通常独自の規制(Covenant)を用意していてアンテナはほぼ不可能。まれにアンテナOKもありますが、その殆どは高さがマストトップを含めて35ft、運が良ければ45ft。市は場所によって30ft~45ftまでOK。ロスアンゼルス近郊のTorranceから調査開始。以前あちこちにあったアンテナタワーは、2014年ではほんの僅か。現存タワーは改正前から居住している主に60歳以上のOT達が既成権利で新規則が適用されずそのまま使用。若い人達は勤務先や新家庭で転出が多く、新規転入者には許可が出ず。他地域も同様。ハムと言ったら即「No」と言う市もあり、規則にはExcept Amateur Radioと書いてある場合もありますが、除く位だから申請不可、と解釈する市もありました。申請してからCommissionerが地域住民の投票で決めると言う市もありますが、その返事を待っていたら目指す家は先に売れてしまうので、先ずは確実にOKの出る市を捜しました。XYL用にUSTA認可基準のテニスクラブがあって72ftのタワーがOKの場所、とうとうロスアンゼルス盆地の東端の地、人口8万人程のHemet市役所を訪問してアンテナタワー計画を相談、ジョージアでのタワーの写真を見せたら問題無いとの事で家探しをし、やっと現在の家に72ftのクランクアップタワーを建てました。工事中に市の検査が2度。隣の80代の御婦人には市の許可書を見せてハムのアンテナタワーの説明をしたら、実は父親がW6VJVと言う戦前からのハムだったのでハムの事は知っているとの事。遠慮して72ftにしたけど89ftにすれば良かったと思いました。反対隣りのおじさんは、タワーが倒れたら家が壊れると心配。それ程の強風が吹くなら、タワーが倒れる前に家は壊れると説明したら、成程! 海岸地域や丘の上の家には景観権利も入っていて、我々ハムにとってBeautiful Towerは他の住民にとっては目障りなだけでほぼ不可能。傾向としてアンテナ建ては厳しい。しかしお金持のハムには朗報あり。団地(Sub-division)の定義は5エーカー(約6200坪)以上が一般的で、その土地付き住宅もあります。自分と家族だけが住民の団地で自分が町内会会長になり自由にCovenantを作れるので基本的に連邦航空局(FAA)などが高さを許可すれば150ftや200ftのタワーも建てられます。例外的に3エーカーから団地と解釈しOKとする地域もあるらしい。いずれにせよ所轄の役所に確認が必要です。


写真9. (左)K4STの最新シャックにて遠藤聖士氏。(右)K4ST遠藤聖士氏の現在の住宅とタワー。

コールサインがW大陸内ではエリア番号に関係なくQRV可能に改正されたのでK4STをそのまま使用。カリフォルニアでのQSLカードは未だ作成していません。必要な場合はGeorgiaでのカードにゴム印でQTHスタンプを押しています。近年盛んなFT8も含めマイペースで無線や音楽鑑賞。コロナ太りを気にしつつ無精な籠もり老人生活はまだ続きそうです。(2022年2月記)」

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